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2008.11.29 (Sat)

正しさという防衛

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人間関係は、数学のようにたったひとつの正確な答えがあるわけではありません。すべての選択は正解であり、間違いであるともいえます。ですから、自分流の価値観で正しいと決めた判断を人に押し付け、相手を裁くのは非常にはた迷惑なことです。
 何を基準に、その人はそれほどの確信を持って、正しさを主張するのでしょうか。たいていの場合、該当するのは超自我といわれる社会規範です。赤信号は渡ってはいけない。渡るのは不道徳と裁きます。たとえ相手に、立ち止まれないほど切羽詰った事情があったとしても。この情状酌量の余地を考慮できない、硬直した思考が問題なのです。
 ○○すべきという表現を日ごろ多用しているとしたら、要注意です。その人は自分でも、心のままに従うことを自らに禁止して、社会規範に従うために、頑張っているのでしょう。自分が我慢していたら、人にも我慢を強いたくなります。そうするのが当然と、社会規範や正しさをふりかざすのです。
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テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体

19:09  |  自己愛性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.27 (Thu)

回避依存とモラハラ

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 モラルハラスメントの加害者は、加害の自覚がありません。自分は正しいことをしているという概念で、自己防衛しています。つまり、それが規則や慣例に基づいたことなら、相手を害しても良いのだという論理です。そこには、相手の痛みに対する感性がありません。正しさの主張が防衛ですから、当然、反省もできません。
  何らかの正当な条件(性別、学歴、職種、知能指数)などにより、相手より自分の方が、人間として『格が上』という意識を持っています。エリート意識(優越コンプレックス)です。相手が自分に従ってくれて当然、サポートしてくれて当然と思っています。こうした意識からは、感謝の心は生まれません。自分の思いどうりに働いてくれる相手でなければいらない、というメッセージを発しています。
 相手は、「自分はこの人に愛されていない。ただ利用されているだけ。」というメッセージを受け取り、だんだん元気がなくなっていきます。
 傍にいても心の距離が遠いのです。モラハラ加害者も自分のわがままに、内心は気付いていますので、第三者の前では、別人のような「いい人」を演じます。二人きりのときは「○○子」とパートナーを呼び捨てにしていても、公の場では「うちの○○子さんが」とさん付けにしたりします。これは逆です。
 公の場で、自分の子供に敬語を使って失笑を招いたりするのですが、単に日本語の使い方を知らないだけでなく、そこには自己像の演出の過剰といった、心理的な理由も潜んでいるかもしれません。「いい人を演じる」ことで取り繕おうとしている姿です。

テーマ : 強迫性神経症|強迫性障害|OCD - ジャンル : 心と身体

09:10  |  DV-モラルハラスメント  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.21 (Fri)

妄想性思考

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 想像は、修正されることなく確信すれば、妄想です。自らの不安や願望が生み出しているのですが、過集中状態に陥ってしまうと、修正できません。自意識過剰の関係念慮は、大脳基底核や大脳辺縁系の加熱を物語っています。
 「誇大妄想」では、自分を褒めてくれる人に対して、相手の実情以上に「愛されている」と実感します。すると、相手の存在がつまらなく見えて、胸のうちで見下したりするようになります。言動の端々にそうした態度が見え隠れするようになると、相手は引いてしまいますが、同時に理解に苦しむこともあるでしょう。他の面では非常に頭が良いにもかかわらず、妄想だけが頑固に修正不能となると、ますますその人が解らなくなるでしょう。

テーマ : 不安定な心 - ジャンル : 心と身体

08:16  |  妄想性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.19 (Wed)

犠牲と善行

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 雨に降られたとき、傘を差し出してくれたり、同じ方向だから一緒に帰りましょうと声を掛けてくれる人がいると、その人の好意がありがたく、暖かい気持ちになれるものです。ところが、車中でその人がふくれっ面をして一言も口をきかなかったり、とげとげしい態度をとり続けていたら、温もりは凍りつき、針のむしろです。
 「やれやれ、どうやら社交辞令を真に受けてしまったみたいだ」と内心ため息をつきながらも、でも、なぜ?という疑問が沸き起こります。いやならば誘わなければいいのに、なぜ、この人は心にもないことを言ったのだろうか? そういえば、この人は周囲に人がいるときと、いないときとでは、ずいぶん態度が違う。
 表裏のある人は、ギャラリーの前では善行を行います。自分が役に立つ人、優しい人であるという印象を、周囲に与えたいのでしょう。外界からの感謝と評判で、自分の値打ちを測っているか、さもなければ、善行を積み重ねなければ、天国の門をくぐれないと思っているのでしょうか。いずれにせよ、自分が相手に与えているものは善だと信じているに違いありません。

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08:32  |  共依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.17 (Mon)

自信と不安

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 人は安全でありたい、今手にしている平和な日常を失いたくないと望めば望むほど、日常の中に不安を感じやすくなります。恐れるがゆえに、その兆候を過剰に認識してしまうのです。
 考えても仕方のない将来の出来事をあれこれ予想して不安を抱くのですが、そこには××なことや△△な事が起きたら、自分には対処できないという、自分の能力に対する確信的な不信があります。自分の能力に対する信頼の喪失が、外界に対する刺激過敏性や、他者に対する過剰反応性を引き起こしているといえます。
 感度のいい受信機は、シグナルばかりでなく、多くのノイズも拾ってしまいますが、そこで、より分ける作業がなされないと、ノイズに振り回されてしまうことになりかねません。他者から良い評価が得られないと落ち込むのは、誰でもそうですが、これが過剰になるときは、自分ではなく、相手を見た方がいいのです。

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12:44  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.14 (Fri)

どんなときにも

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 どんなときにも、自己肯定することは大事です。たとえ、古よりの教典に、『人類はみな罪人』だなどと記されていても。自分を罪びとだなどと卑しめてはいけません。
 自分を責めれば、人をも責めたくなります。だからといって、自分を指した人差し指を人に向けて、人を裁いてはいけません。
 どんなときにも、自分を許しましょう。たとえ、取り返しのつかない大失敗をしてしまったときにも。
 間違いを犯したくて、行動したわけじゃないでしょう。その時点では、それが最良の方法だと思っていたはずです。ただ、思慮が足りなくて、期待通りの結果にならなかった、思惑が外れてしまった、そういうことです。
 だから、自分を責めてはいけません。たとえ、周囲から指を指して責められても。自分だけは自分の味方でいてあげましょう。そうしなければならなかった事情を知っているのは、自分だけなのですから。

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19:14  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.13 (Thu)

ネガティブ思考の構図

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 常に他者と自分を比べ、優劣を付け、上位か下位かで判断し、人はみな対等であると思えない人は、ネガティブ思考の持ち主です。異性であれ、上司や部下であれ、無意識の内に、阿る対象か支配できる対象であるかを判断し、いつも競争的です。
 競争的といっても、優れた資質を持った対象に憧れたり、尊敬の目を向け、追いつき、追い越そうと前向きに努力する人ばかりではありません。
 前向きな努力には、「やればできる自分」という自己イメージが必要なのです。悲観的な自己イメージの強い人には、これが足りていません。何か新しい物事が提示されたとき、不安材料ばかりが脳裏に浮かび、しり込みしてしまいます。できるかできないかは、やってみなければわからないのですが、初めからできないと判断を下していては、当然、行動は伴いません。その結果として、できないのです。
  すると、この心理的な屈辱感を晴らすために、なにかにつけて他者に厳しくなります。常に批判し、ケチをつけ、相手の価値をこき下ろすことによって、自尊心を補おうとするのです。いくら「できる」相手をこき下ろしたところで、「できない」自分が「できる」ようになれるわけではなく、周囲に自分の醜さをさらしているだけなのですが、それには気付きません。

テーマ : 恋愛依存症? - ジャンル : 心と身体

10:25  |  共依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.11 (Tue)

マインド・リーディング

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 妄想性障害の人は、他者への不信感や猜疑心が非常に強いのですが、それは、他者の心の中を勝手に読み、勝手な意味づけをするマインド・リーディングから始まります。『何でもない他者の言動』に恣意的に悪意に読み取るのです。
 気になる点があれば尋ねてみれば良いのに....と、普通は考えますが、これは勇気を必要とする行為です。警戒心や用心深さのレベルが異常に高くなっている状態では、なかなかできません。したがって、相手に背を向け、勝手な解釈をすることになるのです。誰でも多少はそうした傾向はあります。噂話が当てにならないのは、こうした個々人の見解が混濁しているからです。
 自分勝手に他人の心の中を悪い方向に読み取るのは、投影同一視という原始的防衛機制によるものです。
 認めたものだけが真実となり、真実は人の数だけ存在するといわれます。妄想性人格障害では、自己の妄想内容を支持するように情報を着色します。

テーマ : 境界性人格障害 - ジャンル : 心と身体

11:16  |  妄想性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.06 (Thu)

妄想と防衛

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 道を歩いていると、向こう側から二人連れが歩いてきて、すれ違いざま、ふふっと笑った。何か面白い話をしていそうだと思い、あるいは、そんなことすら気付かず、すれ違ってしまう。これは、その人の脳機能が健全で、生きる力が強い状態です。
 被害妄想では、自分のことをあざ笑ったに違いないという発想になります。妄想知覚です。これは、二人連れが笑うのを目撃したという視覚は正常ですが、その意味付けが自分に関連付けてしまっているということです。
 実際、ふたりで街を歩いているときなど、すれ違う人の服装が目に付き、「あの人の服、かわいい。」とか、「ちょっと変わってるね」と話題にしてしまうこともあるので、こうした主訴が間違っているとは言い切れません。実際に、服装やちょっとしたしぐさを笑ったのかもしれません。その二人連れに尋ねてみなければ、本当のところは分かりません。
 注目すべきは、そう感じて、ひどく傷ついて、怒りすら感じているその人の心理でしょう。他者に笑われたくない、受け入れられたいという願望、翻って、その背後には、自分は他者に笑われるような存在かもしれないという不安があります。

テーマ : 境界性人格障害 - ジャンル : 心と身体

21:29  |  妄想性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.05 (Wed)

ナルシシストの嗜癖

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 自分のしていることに対して、他者から良い評価や承認をもらうと、安心できます。さしずめ、得点1でしょうか。逆に、批判を浴びると、くじける場合もあるでしょう。こちらは減点1。
 だからといって、強迫的に他者からの承認や拍手ばかり求めて、そのためならば、かなり無理してしまうのは、これはもう依存症といえるかもしれません。
  誰しも自分を輝かせたいと願うものですが、風のように移ろう頼りなげな他者の評価に頼るのは、心もとないかぎりです。
 他者依存に傾きすぎると、絶対的に不変な、誤りのない判断や、そこから来る輝かしい評価がほしくなります。すると自分の頭で考えて判断するよりも、マニュアル書に従うほうが安全と考えるようになります。赤信号は渡ってはならない、青信号は渡らねばならない。「ねばならない」思考が増えていきます。

テーマ : 不安定な心 - ジャンル : 心と身体

10:58  |  自己愛性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.04 (Tue)

「自他の境界」

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 人間関係に問題を生じるとき、自他の境界を越えてしまっていることがよくあります。また、そもそも自他境界意識の希薄な人もいます。
 成長した子供の日記やメールを勝手に見たり、持ち物を了解も取らずに第三者に譲ってしまう親というのが、その例でしょう。子供のものは何でも自分の自由にできると思うのは、境界の区別のない状態です。


 親子や恋人同士、パートナー関係でも、相手は自分の延長線ではありません。ひとつ屋根の下に暮らしていても、性格も、ものの考え方も違います。
 何かと干渉したり、何でも同じ感じ方、考え方をしてほしいというのは境界がない状態です。物の境界は解り易いですが、心の境界は見過ごされてしまう場合があります。すると、相手のプライバシーを浸食していることに気付かず、相手を自分の思い通りにしようとしたり、逆に相手の言いなりになったりということが起きてきます。
  話をして、相手と自分とは考え方も感じ方も違うのだと知るとき、その相手との間に安心感を得られなくなる場合もあります。孤独を感じる場合もあるでしょう。
 特に恋をしていると、違いを埋めて、相手と同化したいと願います。相手が自分と同じ価値観を持って、同じ考え方をしてくれることは、至福の条件に思えるかもしれません。

11:13  |  恋愛依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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