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モラハラな恋人

 恋は、何の前触れもなく、ある日突然訪れるものです。初めて会ったその人と、偶然袖が触れたとき、いきなり覚える胸の高鳴り。何故なのか、自分でも理由がわかりません。何処の誰ともわからない、出会ったばかりの人の何処にこれほど惹かれるのか.......。 平穏な日常の中で眠っていた性的関心を喚起させるものを、その人は有しているのです。しなやかで躍動的な肉体、端正な顔立ちに浮かぶ少年のようにまぶしい微笑。何気ない...

失恋と許し

 恋しくて、背を向け去っていこうとするその背中を、なりふり構わず追いかけた人なのに、数年の時を経て再会したとき、もう胸のときめきを感じない。その人の何処にも、性的魅力を感じない。その人の話し声の響きに、ああ、こんな話し方をする人だったと、懐かしさを覚えることはあっても.....。 恋の終わりが理不尽であればあるほど、渇望と自尊心の痛みが、怒りの炎に油を注ぎます。そこにライバルが存在すれば、敵意が容易に...

失恋

 「もうこの人生から降りたい」失恋したときには、心底そう思います。もっと生きたいという人がいたら、私の残りの人生をあげる!! それほど、そのたった一人の相手に、自分の幸福を預けてしまっているのです。去っていってしまった相手に対して、恋心が消えないばかりか、満たされないことによって、さらに渇望は強まってしまうのです。 「依存は愛ではない。愛とは相手の幸福を願うこと。」という説があります。子供を社会に送...

ミュンヒハウゼン症候群

  京都大病院に入院中の五女の点滴に腐敗水を混入したとして、実の母親が逮捕された事件は衝撃的でした。この女性は、四女に対する殺人容疑で再逮捕されました。他にも、次女、三女と不審な死を遂げています。  この女性は代理ミュンヒハウゼン症候群の可能性が高いといわれています。周囲の関心や同情を引くために、怪我や病気を捏造するのですが、傷つける対象が自分ではなく、身近な誰かを代理にするのが、代理ミュ...

社会と個人

「人はパンのみに生きるにあらず」ということばがあります。自己実現や生きがい、人生の意味を問うことの大切さを指しているのでしょうか。それは、『パン』を保障されている人々の目標であり、マズローの自己実現ピラミットの上層部にいる人々の課題といえそうです。  社会には、日々の糧を得るために、休む間もなく働き通している人々が、大勢います。余剰人員として、その職さえ失ってしまう人々もいます。  これは、安定して...

嗜癖する社会

 社会は、そこに生きる人々に、無言の圧力を与えています。「社会のニーズに従って生きること。」「誰かの役に立つ人間であること。」それがたいせつなことであり、人としての価値であると、教えられてきているのです。 すると、社会や他者にとって利用価値のない個人は、生きる価値がない人間ということになります。これはたいへんです!!必要のない人間という烙印を押されないために、周囲から役に立つ存在と認めてもらわねばな...

優しさの仮面

 DVやストーカーの被害にあわないためには、最低限相手の自尊心を踏みにじらない付き合い方もたいせつですが、加害者に豹変しそうな相手と、親密な関係にならないこともたいせつです。 とはいえ、相手が優しさの仮面を脱ぎ捨てたとき、「こんな人だったとは思わなかった!」と驚愕することも多いものです。優しい人、立派な人の仮面の奥に見え隠れする素顔に、早めに気付くためには、その兆候に過敏であることが大事だといえそう...

復讐幻想

 銃社会アメリカで、かつて、元妻が去っていった夫と、その現在の妻を殺害するという事件がありました。その逆、元夫が元妻とその恋人を殺害するという事例もあります。 刃傷沙汰は多くの場合、痴情関係のもつれの果てに起きます。人は、親密な関係にある異性には、排他的で絶対的な忠誠を要求し、しかもそれを当然の権利だと考えがちなのです。  かつて自分にまぶしい笑顔を向けてくれた人が、今では他の異性と、満たされ...