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2011.03.24 (Thu)

喪失感を癒すプロセス

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 大切な人を失った悲しみ、苦しみは、第三者が考えるほど短期間に薄れるものではありません。その人のいない生活に慣れるまでの時間は、相手との関係の深さや、周囲からのサポートの有無などにもより、人によってさまざまです。
 また、死別というテーマは、誰にとっても重く、回避したい話題であるだけに、共感を得られない孤独が身に沁みながらも、明るくふるまう必要性に迫られていると感じることも多いことでしょう。
 愛する対象を喪失した孤独の上に、誰ともつながっていない孤独感が重なります。孤独は人の心を弱くし、不穏な未来予測ばかりに終始するようになります。立ち直る気力も湧いてきません。
 寂しさを癒すアプローチは、誰かとのつながりを感じることですが、喪失の衝撃に打ちのめされているときには、新しい人間関係の中で癒されることもまた難しいものです。新しい人間関係を構築していくだけの力が、この頃にはまだありません。人の輪の中に居ても、周囲の誰もが幸福に見えて、一層わが身の孤独が身に沁みたり、人との繋がりを求めすぎているが故に、相手の何気ない言動に疎外感を感じやすいのです。
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テーマ : 癒し・ヒーリング - ジャンル : 心と身体

22:39  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.03.20 (Sun)

 妄想性パーソナリティの攻撃性

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 想性性パーソナリティの人は、現実吟味能力そのものが完全に障害されているわけではありませんが、『他者の言動』に濃厚な不安や恐怖といったバイアスをかけるために、正確な認知が出来なくなっています。
 そのために他者への不信感や猜疑心が強く、何気ない他者の言動に悪意を読み取る傾向があります。この憶測、マインド・リーディングを真実と確信してしまうところから、さらに相手に対する警戒心や反感を強めていきます。
はた目には、卑屈な態度をとる臆病な人と映っても、この内面に潜む被害者意識は強い攻撃性を帯びて、身近な人々にとっては危険です。
 背景には、他者との接点の希薄さがあります。憶測による誤解はわたしたちの日常に溢れていますが、これを解くには相手と対峙する必要があります。
 「あなたの○○という意見は□□という意味にとれたが、実際はどう思っているの?」
 これによって誤解の解ける場合もありますが、損失や喪失を受け入れなければならない場合もあります。対決を怖れるといつまでも憶測は憶測のままで、晴れず、それを正当化する証拠集めをするためにますます確信に満ちたものとなっていきます。

テーマ : 壊れそうな心 - ジャンル : 心と身体

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2011.03.15 (Tue)

グリーフ 突然の喪失

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 朝、目覚めると小鳥のさえずりや、あるいは通りの喧騒が聞こえてきます。聞こえる、わたしたちはそれを当然と思っています。咲いている花を眺めたり、行き交う人々が目に入ったり。見えることも、当然と思っています。語り合う家族が傍にいることもまた、当然なのです。
 もちろん、出会いの向こう側には必ず別れがあり、身体機能もまた、いつかは損なわれていくものだと、知っています。ですが、知っていることと覚悟することとは違います。いつかは訪れるものだと知りつつ、それを遠い将来のことと退けながら、わたしたちは日常を慌ただしく生きています。それは一種の防衛機制といえます。常に命のはかなさばかりに目を向けていては、うつ状態になってしまいますから。
 背を向けたその背中に、喪失は突然牙をむいて襲い掛かる暴力です。その突然の別離は、残されたものの生きる意味や気力までも打倒してしまいます。
 小鳥はさえずり、花は咲き、地球はこんなに美しいのに、あの人は何処に行ってしまったのか。死とは何なのか。生きることとは何なのか。
 その人はもはや、痛むことも苦しむこともない世界に居るという概念を持ったところで、共に生きる相手を失った究極の孤独は癒せません。喪失の痛手は希望の喪失に他なりません。これからの長い時間を、来る日も来る日も一人で過ごし、孤独に耐え、孤独を飼い慣らして、困難に遭遇するたび、一人で考え一人で行動し、やがて来るはずの自分の死を一人で迎える覚悟をしなければならないと知る深い絶望なのです。

テーマ : 癒し・ヒーリング - ジャンル : 心と身体

16:56  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.03.10 (Thu)

批判屋-棘のある隣人

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いちいち相手の心にグサッと刺さるような、皮肉や嫌味を言わなければ気が済まない人がいます。常日頃から、口にするのは第三者への酷評ばかりで、見え透いたお世辞以外に他者を誉めることがありません。会話の中で、珍しく目の前の相手を誉めたかと思ったら、即座にけなして、今の誉め言葉を台無しにしてしまいます。  わたしたちは、子供のころから、他人の意見に耳を貸すようにと教わってきましたが、たとえば、PCの不具合に苦慮しているときに、PCに触れたこともない隣人からああしろこうしろと言われたところで、耳を貸すでしょうか?必要なのは経験者のアドバイスです。自分ならこうするという建設的なビジョンのない批判は、あまり価値がありません。価値がないばかりか、有害です。
 
 こちらに悪意はないのに、なんとなく相手からの悪意を感じるとき、自分のコミュニケーションスキルが至らなくて、相手に不快な思いをさせてたのではないかと、罪悪感にも似た感情の揺らぎを覚えることもあるかもしれません。
 けれども、それは責任の背負いすぎかもしれません。虫が好かないという理由で、平気で相手をいじめ抜く人もいます。自分を偉く見せるために相手を徹底的に貶める必要のある人もいます。

テーマ : メンタルヘルス・心理学 - ジャンル : 心と身体

22:15  |  DV-モラルハラスメント  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.03.03 (Thu)

自己愛障害の周辺 演技性人格

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 文字通り自己像を演じる演技性人格障害は、自己愛性人格とオーバーラップするような特徴を兼ね備えています。
 そもそも、他者の注目や承認、愛情を渇望するが故の自己演出なのです。ボーダーラインパーソナリティのように、特定の誰かにしがみつくのではなく、不特定多数のギャラリーがその対象です。自己評価の基盤は、他者の評価であり、積極的にそれをつかもうと、大衆に好まれるキャラクターを演じるところは、まさしく舞台上の俳優のようです。
 その内面には、見捨てられ不安が色濃く影を落としています。その対象も、特定の誰かではなく、ギャラリーです。
 不特定多数からの好感を維持するために、容姿や能力にも常日頃から磨きをかけています。社会適応も高く維持されていることが多く、したがって、表面上自己評価は低くありません。ただ、その基準が他者依存であるだけに揺らぎやすく、『高くて不安定な自己評価』となりがちです。
彼らに対する最初の印象は、『笑顔のかわいい人、細かい気配り、配慮のできる人、穏やかな人』といった好感の持てるものが多いですが、少し話し込むと、『ルックスはいいけれど、内面的な深みがない、会話が上滑りして、まるでバリアが張られているみたいに、相手の心に近づけない』といった印象に変わります。そのために、異性関係では、相手が「私は愛されていない」と感じることも多々あります。
 演技性人格の人も、もちろん相手からの好意を欲しているのですが、自己開示が唐突で不適切であったり、自身をよりよく見せ掛けるための自慢や誇張に流れやすく、かえって心の乖離を招くこともあります。

テーマ : メンタルヘルス・心理学 - ジャンル : 心と身体

11:25  |  自己愛性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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