FC2ブログ
2011年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2011.08.30 (Tue)

ダメンズにハマるとき

Sponsored Link


 大切な人や物を失ったとき、人は情緒不安定に陥り、普段よりも依存的になります。そうした時、傍に居てくれる人には心を動かされやすく、普段なら容易に気付くはずの、危険な兆候への閾値が下がります。
 また、大きな失意や孤独を経験すると、同じような状況の体験者に、共感を覚えやすくなるものです。失意の淵から、まだ立ち上がっていないような人を見ると、放っておけないような心境にもなります。日頃経験したことのないような、一種の母性本能のようなものを感じ、それを愛と錯覚しやすくなるのかもしれません。
スポンサーサイト

テーマ : 恋愛と心理学 - ジャンル : 恋愛

15:32  |  恋愛依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.26 (Fri)

いじめ甲斐

Sponsored Link


 意地悪な人は、従順なタイプの人を、好んでターゲットに選びます。また、相手の劣等意識の在り処を突き止めるのも得意です。
 たとえば歌や運動など、へたでも全く気に留めない人もいますが、ここに自己不全感を感じている人を狙ってくるわけです。また内心では劣等意識を持っていなくとも、会話の流れに合わせて、「そうだね、もっとうまくなりたいけどなれなくてね。」などと、軽く受け流したつもりでも、気が付いてみると、それが意地悪な人の攻撃ポイントにされていることがあります。額面通りの解釈をされてしまうわけです。
 いじめゲームは、相手の弱点を探し出し、それを相手に叩きつけます。相手への気遣いの欠如が、容赦のない暴き立てを生み出しているといえます。
 従順なタイプの人は、こうした場面でも、反撃して相手を傷つけることを怖れたりします。その不安の最大の根源は、人と争う経験の乏しさでしょうか。そのために、どんな相手にも友好的に接して、対立する関係になることを回避したいという心理が働いています。どうしても争わなければならないような場面からは、あっさりとフェードアウト、降りてしまうという解決法を選びがちかもしれません。
 意地悪な人は、そうした相手が言葉にしない痛みなど、理解しません。解らないから、さらにいじめがエスカレートします。従順なタイプの人を犠牲にして、いら立ちを紛らわせていますから、一見そうは見えませんが、意地悪な人も、依存的な人です。

テーマ : メンタルヘルス・心理学 - ジャンル : 心と身体

11:52  |  DV-モラルハラスメント  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.25 (Thu)

ありがとう

Sponsored Link


 どんな出逢いも、いつの日にか別れで終わります。それが思いもかけない、誤解やちょっとした擦れ違いによる心変わりで終わることもあるでしょう。
 そんな時は、楽しかったシーンを思い出して、ありがとうを言いましょう。ともすれば、不信に陥り、不満を口にしそうなときこそ、ありがとうをいいましょう。
 ありがとう。あなたに告白されて嬉しかった。あなたと過ごしたひと時は、とても楽しかった。
 これからも、いつでもあなたの幸せを祈ってる。たとえ、わたしの現実が、あなたの理想と違っていたとして、それであなたの心が離れたとしても。あなたに出会えて幸せだった。ありがとう。心から、ありがとう。

テーマ : 恋愛心理 - ジャンル : 恋愛

17:34  |  失恋の処方箋  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.22 (Mon)

充たしあう関係

Sponsored Link


 人生は今日という日の積み重ねです。今日、難航する人間関係に悩み、明日も明後日も、同じように思い煩い.......そうした日常を続けていると、いつの間にか、自己不全感に満ちた思考スタイルが身についてしまいかねません。
 こちらがいくら協調してやっていこうとしても、一方的に初対面から嫌われてしまうことも、たまにはあることでしょう。そうした状況では居心地が悪いので、なんとかしようと努力しても、コントロールしきれないことが多いものです。
 こちらに何ら落ち度がなくとも、相手には嫌うだけの立派な理由があるのでしょう。その人たちに共通しているのは、満たされた状態にはいないということでしょうか。そして、それはその人の問題であり、一方的に嫌われたり八つ当たりされている側には、対処できないことが多いものです。
 今日一日を気分良く過ごすには、周りにいる人たちに友好的に接して、そうできない人とはビジネスライクに対して、一定の距離を置く方がいいと言えます。

テーマ : 愛のかたち - ジャンル : 恋愛

17:05  |  恋愛依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.16 (Tue)

愛すること愛されること

Sponsored Link


 特定の誰かから、意中の相手から、愛されたい、特別な存在になりたいと願わない人はいないことでしょう。
 ところが、愛されたいと願うとき、人の心は、不安でいっぱいになります。ありのままの自分では魅力がないような気がして、何か相手の期待に応えて、必要とされるようになりたいと考えるのです。
 必要とされるために自分の時間を削り、相手のニーズに合わせ、気が付いてみると相手にとって都合のいい存在になってしまうこともあります。常に相手の顔色ばかり窺い、安らげません。その挙句に、軽くあしらわれ、不本意な関係に終わってしまうと、何やら裏切られた心境になり、「私の時間を返して。あなたのために使ったお金も返して。」と叫びたい気持ちになったりもすることでしょう。
 愛されたたいと願うだけでは、人の心は強くなれません。自分は愛されるに値するのかと思うたび、どんどん自分の価値もディスカウントしてしまいかねません。

テーマ : 恋愛心理 - ジャンル : 恋愛

10:25  |  恋愛依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.09 (Tue)

ボーダーライン-憤慨型人格

Sponsored Link


 他者の評価を下げるような噂は、たとえその場に居合わせて小耳にはさんだだけだとしても、後味の悪いものです。自分もまた、陰で同じことを言われているかもしれないから、この人たちには気を付けようと感じることでしょう。
 自分の仕事や環境に充実している人は、他人を詮索したりはしません。他人のプライベートを詮索し、不幸話に『いい気味だ』と喜びを覚えたり、悪意に満ちた根も葉もない話を、まことしやかにささやく人には、共通した心理があります。自分の生活に対する不毛感です。たとえはた目には恵まれた人生と映っていても、自分の人生を十分に楽しんでいないといえます。
 人は、大きな困難や喪失に見舞われた時、ともすれば『この世の中で自分が一番不幸。他の人はみんな苦も無く生きている』かのように感じますが、さりとて、他人の幸せを妬み、不幸を願うわけではありません。
 まだ自分に残されているものに感謝し、困難を受け入れ、なんとか精神のバランスを維持しようと努めるものです。
 ところが、憤慨型の人は、自己の不満を、他者に向けて敵意をいだき、他者を非難攻撃することで、晴らそうとします。当然、人間関係が難航することが多く、その都度、自分を慰めてくれる他者を探して奔走するのですが、やっと見つけたその相手が、自分より幸福そうだと、相手の不幸を願わずにいられなくなります。

テーマ : メンタルヘルス・心理学 - ジャンル : 心と身体

11:30  |  自己愛性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.05 (Fri)

孤独を癒すもの

Sponsored Link


 寄る辺のない独り暮らし。寂寥感を感じます。人を求め、人と会話を交わしたいと思います。ですが、誰かと一緒にいても、心が通いあうことがなければ、満たされません。
 一緒に仕事をしていても、相手に関心がなければ、相手の境遇や秘めている痛みに対して、無頓着です。家族の話題やうまくいっている恋愛の話題、就職や昇進の話題、何気なくかわされている会話に、周りの人々の恵まれた境遇を見て、一層わが身の寄る辺の無さが身に沁みます。
 独りが寂しくて、多くの人々との触れ合いを求めているのに、他人の幸せに傷ついてしまう状況です。周囲の人々は、ただ自分たちの日常から話題を拾っている、それだけのことです。その話題で誰かを傷つけようと意図しているわけではありません。
 ただ、家族や友人関係、パートナーシップ、また仕事などに恵まれている人々は、それだけで、それを持っていない人を傷つけてしまうこともあるのです。それは、どうしようもないことなので、傷ついてしまう人も、誰かを責めるわけではありません。

テーマ : 人生を豊かに生きる - ジャンル : 心と身体

13:12  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.08.01 (Mon)

去っていく友人

Sponsored Link


 愛する人を失ったとき、どうしようもない絶望に飲み込まれそうなとき、そういうときこそ、他人の痛みがわかるのだから、自分のことはさておき、人の為に尽くすのがよいのだと言われます。
 ですが、それは、ある程度、自分の痛みが回復してからの話です。絶望のどん底にあるときは、黙って耐えるだけで精一杯です。誰か、受け止めてくれる人がいるのなら、胸中を吐露したい思いでいっぱいです。とはいえ、人の負担にはなりたくないので、「助けて」が言えません。友人と会っても、痛みに触れるような話題は避け、相手の悩みを、むしろ聞く立場に徹したりします。
 それでも、この人なら、と思う相手に、内心の不安や心細さを、ふと漏らすこともあるでしょう。人間なのですから、いつも明るく、楽しくはいられません。
 
 人は基本的に、自分が経験した痛みしかわかりません。想像力も遠く及ばないことも多いものです。問題は、解らないままに、何か自分のしてあげられることをしてあげたいと思うか否かです。

テーマ : せつない。さびしい。恋しくて。 - ジャンル : 恋愛

11:51  |  認知と癒し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
ラティース太陽光発電