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褒める技術

 職場などでは、完璧にできて当たり前、少しでもミスするとここぞとばかりに叩かれる、という経験も多いのではないでしょうか。認められたい欲求を満たされない、そうした鬱憤を抱え持っている人も少なくないかもしれません。 カルト的団体に足を踏み入れると、賛美のシャワーを浴びると言われています。人は自己評価を上げたい生き物ですから、そうした甘いことばに操られる人も、中にはいるかもしれません。 カルトならずとも...

コントロール欲求

 他人は意のままになりません。自分の手足ではないのですから、当然です。そんなことは百も承知ですが、わたしたちはともすれば相手に多くを期待しがちです。相手が期待に応えてくれることで、愛されている、相手にとって必要な存在であると感じて幸福感を味わったり、他者を支配(コントロール)できる有能感を感じます。 このコントロール欲求に、自覚の乏しい人も多いかもしれません。何らかの条件が自分よりも下位に位置する人...

お金を貸す人 借りる人

 「今ちょっと持ち合わせがないからお金貸して。」顔見知りからこんなことを言われれば、誰しもその人と友人になりたいなどと思わない、そのはずです。ところが、中には、これまでの借金を返してもらってもいないのに、繰りかえし貸し続けてしまう人もいます。「断ったら、かわいそうだから。」というのが、その言い分。借りた人はそれを遊興費に使い、贅沢な買い物も繰り返しています。かわいそうな人などではありません。...

反社会的パーソナリティ

 私たちが日常の中で悩まされる「非常に困った人たち」は、性格という枝葉の部分は違っていても、共通の根を持っていることが多いものです。規範を守って集団に加わろうとする意識が乏しく、「自らの欲求や気分」に従います。その結果、社会規範を無視して他者に迷惑や苦痛をもたらすことも少なくないことでしょう。 その「気分」は非常に衝動的でコロコロ変わり、近視眼的で、自らの言動が何をもたらすかを予想しません。また、...

良心の欠如

 わたしたちは、自分の心を基準にして、他者の言動の真意を推し量ろうとします。「こんなこと言われたら嫌だろうな」と感じることは言わないように心がけます。 ところが、口先はうまいが、考えが皮相的、自分本位で衝動的、責任感がなく、良心の呵責や罪の意識が乏しい、常習的に人を欺き騙そうとする、他者の心の動きについて感受性が乏しい、こうした傾向を持つ人々、いわゆる、精神病質パーソナリティと言われる人たちは、そ...

愛を強要する人

 子どもやお年寄り、ことばをしゃべれないペットなどに、優しくしましょう、友人や隣人に親切にしないといけませんと、愛の必要性を声高に叫ぶ人がいます。惚れ惚れするほど、聞く者の感性に訴えかけるメッセージを語れる人もいます。 それは、確かに正論かもしれませんが、過剰な主張をする人には、注意が必要かもしれません。普通の感覚なら、そんな当たり前のことをなぜ言うのだろうと、小首を傾げたくなるまでに主張するその...

心変わりの予感

 最近、なんとなくあの人の態度がつれない、テンションが下がってきている....別れの予感を感じた時、私たちの心は不安に苛まれます。もっともっと親密になりたい、幸せになりたい、そうした願いが人を苦しめるのです。 すると、つい不足を口にしたくなります。相手を責める思いが強くなります。相手から怒りを引き出し、一層惨めになるかもしれません。諍いの中で、この人と居ても幸せにはなれないと早まった決断をしてしまうか...

ことばに責任を持たない人

 「また、近いうちに連絡します。」と言われたけれど、待てど暮らせどそれっきり。あれは社交辞令にすぎなかったんだと納得するような場面は、誰しも経験済みのことと思います。コミュニケーションの主体はことばですが、その一方でことばのみを鵜呑みにしてはいけません、などと言われます。目線や態度、状況を総合して判断しないと、相手の真意は見えないのです。ことばには相手への気遣いや自己弁護などが複雑に入り混じります...

追い詰められた告白

 仲間、友人、あるいは恋人として付き合ってはいるけれど、もっと先へコマを進めたい、そうした時、告白したくなる人も多いことでしょう。どれほど相手のことを真剣に考えているか、伝えればきっと次の段階へ進めるはず.....そうした期待を持って。 翻って考えれば、今の状態が、自分にとって物足りない状況に陥っている証しとも言えます。相手との間に、気持ちの温度差が生じているのです。 そうした状況下での、親密になりた...