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2014.09.29 (Mon)

仕切りたがる人

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 やたらと周囲に指示命令を出し、場を仕切る人がいると、わたしたちは強くストレスを感じます。とかく上に立ちたがり、周囲の人の器量を低く見積もりたがる同僚や友人に対して、内心憤りも感じることでしょう。
 それは、自分の行動に対して自由がないといった感じであり、そのもやもやした気分を掘り下げていくと、自尊心の痛みがあります。些細なことをいちいち指図されたり、命令されて、それに従う自分の姿に、情けなさを感じずにはいられません。
 命令されまいとすると、指図が飛ぶ前に、自らなすべきことを見つけて、いち早く動かねばなりません。次々に雑用を見つけて、こなし続けるのです。
 これでは、気疲れと過労でダウンしかねません。引き受けてくれそうな誰かに、雑用の一部をやってもらいたくもなることでしょう。支配される側からする側に、移行したいという願いもわいてきます。
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テーマ : 人生を豊かに生きる - ジャンル : 心と身体

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2014.09.27 (Sat)

妄想に生きる人

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 私たちは外界を、とりわけ他人の心の中を、あるがままに見ているのではなく、自分なりの解釈を持って見ています。時に、その憶測を真実と思い込み、誤解します。そうした傾向が高じると、何でもない出来事に、危機的な演出をして大騒ぎしかねません。安心を得るためには、自分が感じた解釈の妥当性を、検討してみることが必要です。

 ところが、妄想性人格障害の人は、誤解だと解っても、なお、不信を拭えない場合が多いものです。誤解だ、自分が思ったほど相手は危険ではないと知って、安心できません。今度は、誤解してしまった自分の過失を、受け入れられないのです。不都合な現実を、直視することができません。
 受け入れられない現実は、自己の中で都合よく書き換えられてしまいます。そして、その自説で周囲を説得しようとします。現実が見える周囲の人たちは、うんざりすることでしょう。

 不都合な事実、とりわけ、自分の過失にまつわる事実を真摯に受け止め、負うべき責任を引き受ける力の欠落、こうした未成熟な精神性が妄想性パーソナリティの根源にあります。ですから、不当に責められている被害者を演じるのですが、自分自身すら欺き、ねつ造した真実を自ら確信します。
 自己愛の傷つきに耐えられず、現実を歪曲し、不当な非難を受けている被害者あることをアピールしても、周囲を納得させることは難しいものです。妄想性人格障害の人は、完全無欠な自分であることによって、防衛を図ろうとしているのですが、当然のことながら、挫折します。

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2014.09.24 (Wed)

回避依存症

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 回避依存症とは、誰かと親密になることを内心怖れて、回避している人のことです。表面的には如才なく、モテている人も少なくないことでしょう。
 ところが、近づこうとする人は、心の壁を感じたり、相手の関心が自分には無いと感じてしまうことが多いものです。まさか、その心の根底にあるものが、嫌われることを怖れる心理だとは、思いもよらないことでしょう。
 本当の自分を知られたら、見放されるのではないか、そうした不安です。わざとつれなくしたり、あまり相手のことを好きではないようなそぶりを見せたり、実は、傷つくことが怖くて、躊躇って、揺れる心を抱えています。 

 回避依存症の人と付き合った人は、相手からの好意を感じられず、単なる知人でしかないのか、それとも遊ばれているのかと、戸惑います。心を開いて、相手の前に立てない、それが回避依存症なのです。
 ですから、胸中には寂しさがあり、人を求めるものの、相手に自分を知られることを恐れる思いが、ブレーキをかけてしまいます。そこで、自分なりのスタイルで、人と関わろうとします。

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2014.09.22 (Mon)

自分を愛するレッスン

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 愛されるにはどうすればいいかというマニュアル書は、数多く見かけます。たとえば、今、何が求められているか、何をすればいいかを常に考え、慌ただしく人のために奔走すること。
 確かに、よく気配りのできる人だという評判を得られるかもしれません。ですが、やがて疲れてしまいます。自分を脇に置き、人を優先しているからです。
 
 愛は惜しみなく与える、などと言われますが、それが行為のみに留まるのなら、自己犠牲にすぎません。犠牲からは、怒りが生まれます。その怒りの出どころは、傷ついた自己愛です。
 それに気付くと、ここではない何処か、この人ではない誰か、ちゃんと愛し返してくれる相手を、他に探した方がいいと考えるかもしれません。ですが、傷つけているのは、他でもない自分自身です。
慌ただしく立ち働いて人の役に立つ人間でなければ価値がないという価値判断を定めて、自分を追い込んでいるのは、他の誰でもありません。
 周囲の人たちから喜ばれ、褒め称えられ、特定の誰かから、唯一の人として選ばれなければ、自分に価値がないのだとしたら、価値のある人でいることは、何と疲れることでしょうか。そのために、どれほど自分を粗末に扱っていることでしょうか。

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2014.09.19 (Fri)

適応障害

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 誰しも、思いがけない出来事や、新たな環境、困難な状況に直面することがあります。わたしたちは、その都度、自分にもたらされた環境の変化に馴染んでいくことを迫られます。
 例えば、パートナーと死別した場合、その人のいない人生を歩まねばなりません。そうした変化が唐突であればあるほど、適応力が及ばず、普段のその人らしくない振る舞いや、不眠や頭痛といった身体症状が現れることもあります。
 適応しがたい環境から離れることが解決策だとしても、多くの場合、逃れられるものではありません。失恋も同様です。以前の状態を取り戻したくて追いかけてはみても、失われた日々が返らぬことを思い知らされ、傷を深めるばかりです。

 多くの人は、やがて変化や喪失を受け入れ、新たな環境に慣れていきます。その過程で、一過性の不眠症や食欲不振、興奮状態などに陥ることもあるでしょう。
 適応障害は、心にも身体にも表れます。身体症状の代表的なものは、不眠症です。興奮しすぎているため、あるいは不安感の強さから、入眠障害に陥ります。また、中途覚醒すると、ネガティブな思惑に取りつかれて、そのまま明け方まで眠れません。自分自身は適応しようと懸命になっている場合、抑うつ状態に陥っている自覚がないことも多いものです。

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2014.09.17 (Wed)

デッドゾーン

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 ある人との友好関係のためにエネルギーを投入するとき、自覚しているいないにかかわらず、その人に対する期待があります。ところが、どうも相手が、自分の期待に沿ってくれそうではなく、二人の関係が、これからよくなっていかれるとは思えなくなってしまつたとき、わたしたちは未来にあきらめや、絶望を感じています。
 こうした局面、デッドゾーンに陥ると、もう頑張れない、といった心境になります。頑張る意味を見失ってしまったのです。そのままフェードアウトして、関係性が終わってしまうこともあるでしょう。
 それも不本意だと、葛藤に陥っている場合は、少し時間を置く、と考えてみるといいかもしれません。そもそも、もう頑張れないと感じるのは、よりよい未来のために頑張りすぎてきたのです。
 あなたからの無言の拒絶は、相手の心にも何らかの影響を与えているはずです。相手にも、考える時間は必要なのです。

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2014.09.13 (Sat)

自己中心に生きる人

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 自己中心的な人には、他人の痛みが解りません。相手が何を考え、どういう人生の背景を背負っている人かなど、知ってはいても、それは知識だけで相手の心情を慮れるほどに深くは見えていません。自分にとって、都合がいいかどうか、役に立つかどうかの視点に立って世界を見ているかのようです。
 また、常に、自分は相手よりも優れているといった自負心を持って、相手に臨みますから、話し相手を凄く不快にさせます。相手の、自分より優れている要素など認めないし、相手の存在を尊重し、受け入れることもありません。他者は、自分に従って当然の劣った存在といった態度を取りがちです。自分が世界の中心であるかのような人です。

 自分を尊重して受け入れてくれない人を尊重できる人は少ないですから、対人関係は常に流動的です。その人が持っている外面的な魅力の元に、近づいてくる人は多いのですが、去っていく人もまた多いのです。
 それでも、また入れ替わり立ち代わり、その魅力と吸引力に人が集まってくると、寂しさを感じることはありません。寂しさを知らずにいると、人は他者のありがたみを知りえないものです。
 この人に代わる相手はいないといった人付き合いをしないのも、自己中心的な人の特徴です。友人は多くとも、表層的な付き合いに終始しがちです。

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2014.09.11 (Thu)

外的コントロールという甘え

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 あなたがとある人から、使い走りばかりさせられたり、上から目線な態度を取られるような場合、その理由は、おそらくあなたが優しいからでしょう。
 いえ、内心、いまいましく思っているから、決して優しくないと、あなたは応えるかもしれません。ですが、相手にはあなたの心の中は解りません。見えているのは、従順な態度だけです。すると、どうしても、扱いやすい人となって、その存在に重きを置かれません。

 新しい集団に参加し、そこに気心の知れた人がいないような場合は、良い人間関係を築こうと、人は一生懸命頑張るものです。気疲れもするし、ともすればオーバーワークにもなりがちです。
 それを察してくれる人がいればいいのですが、そうでない場合には、都合がいい人、になりかねません。自分が頑張って相手の役に立っているからこそ、相手との関係が成り立っている、といった状態に陥りがちです。
 いくら相手のために奔走しても、自分が困った時役に立ってくれないばかりか、こちらの現状など知ろうともしない。それほど無関心でありながら、当然のように、自分の手足のように使おうとする、搾取-被搾取の構図。こちらが献身的に接するのをやめたら、縁が切れてしまいそうな関係性です。
 そうなれば、他に失いたくないものまで失うことになる場合には、葛藤が生まれます。あなたは、さらに頑張って居心地のいい場所にしようと努めるかもしれません。ですが、そうした状況下では、やがて疲れ切って、離脱を求めるようになっていきます。与えるものと得るもののバランスが、極端に悪くなっているからにほかなりません。

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2014.09.08 (Mon)

メサイアコンプレックス

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 困っている人を見ると、何か力になりたいと感じるのは自然な心の動きです。優しい人といえるでしょう。ですが、自分にとってあまり負担にならず、相手にとって有益なものでなければ、余計なおせっかいとなってしまいます。相手に対する知識や、直観力が問われます。

 自分が有能な存在であるために、人を救いたがる人を、メサイアコンプレックスと呼びます。共依存の片方の担い手です。メサイアコンプレックスは、自分が救世主になるために、困った人、問題を抱えた人を求めます。周囲に愚痴をこぼしながらも「不出来な」子供や夫の世話を焼き続け、健気な人という評判をもらっていることもあるでしょう。そうすることで相手の自立心を蝕み、自分に依存させることで安堵を得ているといえます。

 自立した人よりも、問題を抱えた人を好みます。そうした対象には、自分の支配が及ぶと無意識のうちに考えるのかもしれません。ここにあるのは、身勝手な自己中心性ですから、決して相手に親身になっているとは言えません。
 このような親は、子供の長所には目もくれず、欠点ばかりを指摘します。成績優秀な子供には「運動がダメで」身体能力の高い子にも「スポーツばかりして勉強もしないで」と、常に子供を非難し、決して褒めることはありません。知人などから、問題のある家族のために尽くしていると認められたい心理は、代理ミュンヒハウゼン症候群にも通じるものがあります。なんだか、この母の傍にいると、自尊心が傷つくと子供は感じているかもしれません。

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16:27  |  共依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014.09.06 (Sat)

健全な人間関係

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 健全な対人関係は、与えるものと与えられるものとのバランスが取れています。支配-被支配 利用する側-される側といったアンバランスな関係性にはなりえません。
 このバランスが崩れると、負担を強いられる側が悩むことになります。支配的な人に対して、情緒的な依存が強すぎるから、悩むようです。
 「この人がいないと、一人では生きていけない。」恋に落ちた時など、こうした心理状態になる人も多いことでしょう。これは、「いうことを聞かないと別れる」と脅迫して、相手を意のままに操ろうとする支配-被支配の土壌を生むことにもなりえます。
 パートナー間ばかりでなく、企業では「クビ」をちらつかせて部下を酷使する上司、あるいは仲間同士でも生じます。友達の輪から弾かれたくないという想いが強いと、不快な目にあっても、内心見下されていると気付いていても離れられず、上下関係のように命令に逆らえなくなってしまいます。

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2014.09.04 (Thu)

正しさの病理

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 成長の過程で、自己肯定感をなくしてしまう人は少なくないことでしょう。周囲の大人から、常日頃、ありのままの個性を否定されると、自分の存在に対して自信を持てません。すると、受け入れられるためには、本来の自分ではない別の個性を演じる必要があるのだと考えるようになっていきます。自分で自分を受け入れられず、恥じるようになるのですから、自分いじめの極みです。
 親は、「あなたのためを思って!」と信じ込んでいる場合も少なくありません。実は自分のエゴで、子供から健全な自己肯定感と自立心を奪っているとは考えていません。
 そうした環境に育った人も、親からの自立によって、いかに自分がコントロールされてきたかに気付くことが多いでしょう。他人から中傷されることがあったとしても、親よりもひどいことを言われる場合は少ないかもしれません。それほどに、親は成長期の柔らかな心を侵食する力を持っているのですが、それに気付いていない場合も多いのです。

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06:40  |  自己愛性人格障害  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014.09.01 (Mon)

失恋の癒し方

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 遠く遠く遠く、時間が過ぎ去ること。失恋を癒してくれるものは、究極には時間だけなのかもしれません。時間が過ぎることで、不意に蘇ってきては動揺せずにはいられなかった忌まわしい記憶も、次第に薄らいでいきます。その人の傍らで生きることだけが唯一の幸せと感じていたけれど、気がつけば、その人を思い出さない日常にも慣れてきています。
 そうなれるまで、どれほどの時間がかかるかは、人それぞれでしょう。1ヶ月かもしれないし、1年かもしれません。あるいは、10年かかるかもしれません。
 10年後、偶然再会したその人に、もう心が騒がない自分を発見します。愛着もなければ、怒りや憎しみもありません。幾度も思い出してはその度にうなされてきた残酷な別れのシーンの記憶も、もう鮮明ではありません。激情を伴わずに思い出すことも、できることでしょう。

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09:28  |  恋愛依存  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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