Sponsored Link

対等な関係

 人は、自他の境界があいまいになると、自分が誰かに支配されても、あるいは誰かを支配しても、気がつかないようになっていきます。境界線が壊れていると、人間関係にはトラブルが多発します。生きるのが辛いと感じる時には、近くにいる人との境界は健全か、チェックしてみる必要がありそうです。 境界とは、互いに相手を尊重する気持ちです。その根底には、相手への慈愛があります。これなくして、対等で親密な関係性は生まれま...

人間関係に疲れてしまったとき

「もうイヤだ」「都合のいい存在になってしまっている」「こんな辛い関係はもうたくさん」 こんなふうに感じるときは、もう今までのスキル一辺倒では、目の前の交友関係に対処しきれなくなってきたときです。心の中に溜まり溜まった憤りが、膨れ上がってきています。もはや、限界に達しているのです。 これまでは、「約束だから」と、前日徹夜であっても、他に優先したい用があっても、無理して出かけていきましたね。そうしたエ...

命令好きと支配欲

 支配欲の強い人は、自分の手足の延長のように、他人に命令てして使うことを好みます。ターゲットに選んだ人を名指しします。「〇○さん、お茶の用意して。」「〇○さん、スプーン取って。」「〇○さん、△△して」「〇○さん!!!」その要求は矢継ぎ早です。切れ目なく続きます。 〇○さんがサボっているわけではありません。むしろ、他の人より一生懸命動いています。他の人たちが雑談している間も、独楽鼠のように動きまわっています。...

絶対を求める心理

 あなたの周囲にいる肉親や友人、恋人といった人々は、その人なりにあなたに好意や好感を抱いているでしょう。ですが、完全ではありません。親でさえも。あるいは、自分の想いでさえも日々移ろうものです。 不変で揺るがない愛を求めたら、その対象は身近な人ではありえなくなってしまいます。いつも自分に従ってくれるペット、そして、決して逢うことがないが故に自由に空想を膨らませられる有名人など等。 ありのままの現実を...

依存的な関係

 友人であれ、恋人であれ、全ての関係は、得るものと与えるもののバランスが釣り合っていないと長続きしません。相手からの要求が多く、自分ばかりが尽くす側で、損ばかりする、しかも、相手からは軽視されているようだといった疑念が強まれば、遠からずその関係は破綻してゆきます。また、相手に対しても、怒りや恨みといったネガティブな感情ばかりが残ってしまいます。 わたしたちは、誰しも、幸福感を得るために相手と付き合...

人間関係がもうイヤだ!!と思ったとき

 その人との関係で、自分の本音を出せていますか?普段通りに振舞えていますか?無理に合わせたり、従ったりしていませんか? なぜ、そんなに我慢するのでしょう。そうすることで、相手の期待に応えることで、相手との関係性を深められると信じているからです。そう信じているからこそ、我慢するのです。従順な性格の人など、ひとりもいません。そうすることで利益があると信じているからこそ、そういう戦略を取っているのです。 ...

妄想と自己愛

 妄想性人格障害の人は、不都合な現実を見つめることができません。不都合な現実とは、自分の判断がいつも正しいわけではないというものです。 そもそも、人間を「正しい人」と「悪い人」に分けること自体が、幼児的発想といえます。関係性の中で、時と場合によって、ひとりの人が正しい人にも悪い人にもなりうるものですから。 ところが、妄想性人格障害の人は、いつも自分が正しくないと不安なのです。そこで、受け入れられな...

パートナー未満-ずるい心理

 密かに想いを寄せていた異性が、優しく微笑みかけ、何かと気遣ってくれたら、誰しも恋の始まりを予感するかもしれません。ところが、同じ笑顔を他の誰彼にも向けているとしたら!押しつけがましいほどの気配りを、誰に対しても示していると知ったら!たちまち、恋の予感は萎んでしまいかねません。 誰に対しても優しい人は、人として素晴らしいことかもしれませんが、異性関係においては、知人と恋人の区別さえあいまいになりかね...

都合のいい人からの卒業

 人間関係に疲れたと感じる時には、その関係性に掛かるコストに見合うだけの喜びを、その関係性から得ていません。コストには時間やお金の他に、相手に対する気配りも含まれます。 人間関係は親しくなるほど、この気配りを失っていきます。わがまま、身勝手になりやすく、遠慮をしなくなりがちです。 片方が、その関係に、惜しまず動力を出しているにもかかわらず、もう片方が出し渋るようになると、その関係性の持続があやしく...

優等生とサディスト

 入社したばかりの職場で、早々にいじめのターゲットにされると、被害者は、なぜ自分だけがこんな目にあうのか、理由が解りません。自分の何が悪いのだろうかと、自分ばかり見つめて、自己嫌悪に陥っていきます。そうした傷心こそが、実は加害者のサディズムをわくわくさせるご馳走なのです。「先月までそこの席に座っていた人、苛めてやめさせてやったわ。」と、刺すような眼差しを向けられると、不吉な予感に戦慄を覚えることで...