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依存と愛の欠如

 依存心が強いということは、相手に対し、自分の望むようにふるまってくれることを期待し、そうすることが当然のように要求してしまうことなのです。自分を満足させるために、相手に対してこうしてほしいと勝手に期待し、相手がそのように振舞ってくれないと、失望して相手を責めたり、怒りをぶつけたりしてしまうのです。 本来、人は皆、自分の行動を自分で決める自由がありますから、人が自分の期待通りに動かないからといって...

毅然とした姿勢

 他人との諍いを好まない人は、周囲と異なる意見を口に出さなかったり、心にもない同調を示したり、ついつい周囲の人たちの言いなりになってしまうことが多いものです。独りで受けて立つ勇気がないから、周囲を見方にすることで、安全を確保したいという生き方の癖がそこにあります。争った経験がないからどうしていいかわからず、おのずと受け身な生き方になってしまうのです。 ですが、その場では、他人の意見に押されたり、や...

支配欲と強大な依存心

 周囲から良く見られたいという自己顕示欲、思いどおりに人を動かしたいという支配欲、ほとんどの人が潜在的に持っている欲求なのでしょう。ある程度、それができる立ち位置になると、人を操れるという誤解と傲慢が生じ、それが自他ともに不幸にしてしまうことがあります。  強い支配欲は、かなえられているときは、まわりが迷惑を被り、かなえられないときには自分が悩んでしまいます。決して望ましいものではありませんが、上...

支配欲の周辺

 支配欲の強い人は、一方で、困った人を助けたい人でもあります。困った人がいると聞けば、急いで駆けつけます。 そして、手を差し伸べるのですが、それは周囲の評価を得たいという強い願望から生みだされた行為なのです。初めは気付かなかった相手も、やがて、そうと知るようになります。「この人は、わたしの問題に何の関心もない。関心があるのは、ただ、差し伸べた自分の手が立派に見えるかどうかということだけ。陰では、こ...

自分を基準にする

 どこかの集団やグループに所属して、したくもないことをやらされて、我慢と忍耐を重ねて、必死に頑張っている人は、なぜそんなにも苦しい努力をするのでしょう。おそらく、この先も、人生が長く続いていると信じているからでしょう。そして、自分を脇に置いて、相手に奉仕することによって、将来相手から支えられるに違いないと信じているのです。 ですが、人生はどこに終止符があるかわかりません。尽くして尽くして、見返りの...

自我の危機

 うまくノーを言えない人は、不本意なことを不用意に引き受けてしまい、疲れて不満を溜めこんでしまいます。そうした生き方が癖になってしまった背景には、自分を受け入れてもらえない事への恐れが、潜んでいるのかもしれません。遠い昔の、辛い経験がその恐れの源である可能性があります。 人から虐待を受けた動物は、人を恐れ、容易に近づこうとはしません。人間もまた、対人関係に喜びの記憶がないと、人と関わることを躊躇す...

依存心と支配欲

 自己中心的な人は、周りの人に感謝しない人です。自分の指示通り動いてくれ、役立ってくれる人を見下し、その人を支配しようとします。心からの心配や、同情を覚えることもないようです。 病気見舞いに来てくれたその人と、話をした後で、何やら責められているような不快な気分になったり、屈辱を感じたら、その人は自己中心的な人である可能性が高いでしょう。 自己中心的な人は、前向きにバリバリ仕事をしているように見えて...

嫌われるのが恐い症候群

 他者の好感や好意を得たいという欲求は、誰にでもあります。嫌われるのは、少なからずショックです。 さりとて、好感度を上げるために、いつも笑顔で、優しいキャラを演じるのは、疲れます。自分が嫌いな相手にも好かれたいと思ったり、相手の反応が気になって本音が言えなかったり、対人関係で気疲れすることが多い人は、嫌われるのが恐い症候群の傾向があるのかもしれません。 嫌われることへの恐れは、過去のトラウマにあり...

自分を責めない

 寂しい心境でいる人は、相手から嫌われたくなくて、何か不快な事があっても、ぐっと我慢を続けてしまいます。恋人からの連絡がなくても我慢、友人から雑用係にされても我慢、そんな態度を取ってほしくないと言えなくて我慢。笑顔で、傷ついてないふりをします。 中には、一見、何でも話せているように見える人もいるでしょう。ですが、肝心のことが言えません。相手を失いたくないから、相手の機嫌を損ねるのが怖いのです。相手...