Sponsored Link

FC2ブログ

愛がない人

 たとえば、あなたをたいせつに思ってくれる人がいて、何かと世話を焼いてくれたり、何でも言うことを聞いてくれても、あなたにその人への好意がなければ、あなたは幸せを感じません。もっともっとと要求し、応えきれない相手を責めるばかりです。そして、だんだん、相手が尊重に値しない、いたらない存在に見えてくるのです。満たされず、自分の幸福にも気づかず、人間関係に恵まれない、不本意な生き方をしている、などと考えることもあるでしょう。もちろん、感謝の念も湧きません。
Sponsored Link

あなたの中に、相手への愛があれば、ハンカチ一つ貸してくれただけでも感動し、感謝して幸せな気分になれるものです。相手からどれだけ愛情をもらっているかではなく、どれだけ自分の心が愛を発信しているかが問題なのです。
 愛がなければ退屈し、他に刺激や、自分の感情を満たしてくれる対象を求めます。眼鏡にかなった対象に、好意を返してほしいと望みますが、これは愛ではなく愛されたい願望ですから、成就はままなりません。相手からすれば、「あなたは好みのタイプだから、私に尽くしてほしい。」と言われても、迷惑な話です。
 
 それやこれやですれ違い、傷ついてしまうと、もう他人には何も求めない!と、心を閉ざしてしまうかもしれません。独りの方が、まだしも楽だと。ですが、孤独は癒せません。ただ愛されるだけでは退屈、独りでも孤独です。
 見返りを求めず愛を与えるのは、それほど難しいことではありません。半分に割ってあげたパンを、相手がおいしそうに食べるのを見てうれしくなる、この喜びです。今日のパンが、相手のエネルギーの足しになればそれでいいと思えるなら、それが愛です。
 与えてくれるからといって、当然のように利用しようとしない人に、無理のない程度の利他的な行為を取って、相手の喜びをお返しとして、それ以上求めない。すると、その相手はいつしか、あなたに心を開くかもしれません。そこに愛が生まれるかもしれません。
スポンサーサイト
テーマ: メンタルヘルス | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する