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上下関係が生じてしまったら

 全く対等な立場であっても、いつの間にか上下関係が生じてしまっていることがあります。態度が控えめだったり、許容的だったりすると、相手の目に、自信なさげに映ることがあるのです。本当は、気配りしどおしで、疲れているにもかかわらず、そんなことは見えないので、解ってもらえません。
 そこで、相手は、自分の方が物事を解っているような勘違いをして、強く出てくることがあるのです。
 譲れないところでこちらが強く出ると、相手は受け入れます。譲れない者同士であれば、ぶつかり合うこともあるでしょう。
 相手の存在から癒されるところがあれば、少々受け入れがたい点があっても、付き合いは続いていくことが多いものです。感性が違いすぎ、それが不快であったり、違和感を感じたりと、精神的に消耗することが続けば、その関係は長くは続きません。

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細身であったり、小柄であったり、いつも笑顔を絶やさなかったり、他者に譲る癖のある人は、初対面からなめてかかられたり、キツイ対応をされることもあるでしょう。相手を傷つけるような態度も取っていないのに、なぜ ? と、周囲の人たちとより良く関わりたい平和主義者は悩むものです。自分の性格の何がいけないのかと、生来の気質に誇りが持てなくなったり、自分を変えようと難しい努力をすることもあるかもしれません。
 ですが、他人は表面のちょっとした情報から、内面を判断しているのです。ですから、許容的な演技をちょっとやめるだけで、状況が変化することもあります。続いていく人間関係は、常に微調整が取れているのでしょう。

 上位の相手にはひれ伏し、弱いものには、強く出る、そうした姿勢の人が、我慢強い温厚な人にきつく当たります。こちらが「相手に合わせる」という奉仕をしているにもかかわらず、「自分軸がない弱々しい人」とみなされ、支配的な態度を取られると、内心悔しい思いをしている人は多いと思います。ないのは自分軸ではなく、それを適切に表現するスキルです。
 友好的に接することによって、友達作りをしてきたその成功体験が、一筋縄ではいかない相手を前に、負に働きます。爪を出す、噛みつく経験をしなければならないときが来ているのです。
 そんなことをすれば相手との関係が破たんするばかりでなく、周囲からも、とんでもない人だという評判がたってしまう、と、温厚な人は恐れます。
 まず、その温厚な人という評判を捨てることから始めるのがいいかもしれません。怒りは、自分を守るために必要な、自然な感情です。怒りで、他者を支配しようとする人もいますが、平和主義者の怒りは、他者に隷属しないための自身からの警告です。
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