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辛くなる人間関係

 迎合的な生き方というのは、身構えた防衛的な生き方です。人と関わる時に、自分を抑えて相手に合わせるというスタイルで、相手から攻撃されるリスクを回避しているのですが、相手によってはうまく機能しません。都合よく利用されたり、軽んじられたりと、とても苦しい対人関係になることも、多々あります。

 そのような生き方の癖が身に付いた背景には、迎合という手段で防衛しなければ拒絶や攻撃にあった、安心して生きて来られなかったという状況があったはずです。迎合というその手段で、危機的な環境から生還したサバイバーなのです。ところが、これは、すべての対象に通用する手段ではないので、迎合サバイバーは苦しみます。
 快く受け入れる相手とは、スムーズに良好な関係が築けますが、見下しながら依存したり、支配的な態度を取りはじめる自己中心的な相手には、不快な感情が溜まっていくばかりです。相手に迎合する以外の解決法を知らないので、その感情も吐き出せません。

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また、表現している意見と、本音との乖離にも苦しみます。それでも、本人は、自分を抑圧することが、自分をいじめている行為だとは気づいていません。相手から受け入れられ良好な関係をスタートさせるための演出であり、自分を守る行為だと信じています。
 そして、これしか選択肢がありません。ここが、問題なのです。笑顔で握手の手を差し伸べながら、もう片方の手は、抜かりなくナイフを握っている、などという芸当はできません。闘争も逃走もないのです。すると、犠牲を払ってなびかない相手には、さらに多くを差し出し続けるという手段しかありません。これでは、いずれ疲弊して、終焉に至ります。

 このような状態で苦しんでいる人は、もうこれ以上無理はいけません。すでに充分努力はしてきたのだから。疎外や虐待に甘んじるしかなかった子供のころの辛い過去、誰にも助けてもらえず、受け入れられる自分を演出することを思いついて、生き抜いてきた過去、その生き方は充分成功したのです。仇になるような人の関心まで、買う必要はありません。
 親や家族が指をさして、「その対人関係」がうまくいかないのはあなたの性格のせいだと非難しても、そうした有害な言葉に胸を痛めるまでもないのです。自分の心を優先させましょう。
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カテゴリ: 認知と癒し

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