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2018.01.27 (Sat)

人間不信と犯罪

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 凄惨な事件の犯人が逮捕されてみると、虫も殺さないような気弱な人物像だったというような場合も、少なくありません。背景を調べると、犯人は成長期に親から虐待され、学校でもいじめにあっていたというようなケースも目立ちます。犯罪から、最も遠くにいるような目立たない人の心に、何があったのでしょうか。
 
 子供のころ、機能不全家庭で育ったり、学校でいじめにあい続けると、他者に対する愛着心が形成されません。誰か一人でも親しくしてくれる人がいるといいのですが、助けを待っていても誰も来ないと、やがて他者に対する期待を捨てるようになってしまいます。そうすることで、傷つくことを回避しようとするのです。
 やがて「人間は、自分を迫害する生物」という価値観が生まれます。自分の身近にいる加害的な人物像を、大勢の他者にまで広げてしまうのです。人種や国、性別、置かれている身分への偏見や差別も、こうした過剰な一般化のなせる業といえるでしょう。

【More・・・】

ペットの小動物と触れ合うように人と触れ合えずに長期間生きてしまうと、他者を同じ人間だとは思えなくなってしまいます。例えば、肌が銀色の宇宙人のような存在かもしれません。その生物が事故や事件に巻き込まれたと知っても、無力な動物が虐げられているのを見るときのように、憤りもわかず、胸も痛みません。相手は、自分に危害を加える生物なのですから。
 
 とはいえ、自分に危害を加えた、怨恨を抱いている相手に、抗議することができません。それができるなら、痛みを蓄えて人間不信まで至ることは無いのですが。
 解決できずにきた自分の人生に対するうっ憤は、関係のないときに、関係のない第三者、とりわけ弱者に向かうことがあります。抵抗力の少ない子供や、立ち場の弱い新入社員、非のない対象に向かって、自分の不毛な人生の憂さを晴らすのです。相手は、攻撃を仕掛けてきたわけでもなく、むしろ、良い関わりを持とうとして好意的に接してきているにもかかわらず。そういう相手だからこそ、反撃される恐れもなく、安全だと認識するのでしょうか。

 強くあらねばという思いから、弱者に対してきつい態度をとる。それでも心は晴れない。かつて自分を傷つけた相手は、何食わぬ顔で暮らしているのだから。そこで、さらにイライラを弱者にぶつけ続けることになる。そうした連鎖にはまっていきます。
 
 愛の無い幼少期を過ごしてこうなったのだから、誰か一人でも解ってくれる人がいれば、それが解決策になると考えるかもしれません。ですが、そういう人が現れることは奇跡に近いことでしょう。たとえ現れたとしても、愛情というものを自分の内部に持たなければ、相手に返すことはできません。
 ペットや幼児なら、自分に懐いてくれる、そうした対象なら愛せるだろうと考えるかもしれませんが、言いなりにならなかった時、容易に虐待の対象へと転じる可能性があります。人への恐れを手放して、生来備わっている労わりの心を育てていくことがたいせつでしょうか。
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テーマ : 不安定な心 - ジャンル : 心と身体

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