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人間不信の背景にあるもの

 人と接することに不安感があり、緊張して疲れてしまう、という悩みを持っている人もいます。人に対する不信感が強いので、表面的な付き合いをうまく整えることに注意が向きすぎているのでしょう。拒絶されることや、認められないことを恐れているのです。

 恐らく、保護され支持されることが必要な子供時代に、保護者から充分受け入れられなかったという、成育歴があるのではないかと思います。まだ自我の確立が不十分な子供時代には、保護者から受け入れられ許される、という環境を必要としています。
 否定の言葉ばかり受け取り、常に自分と違う個性になることを要求され続けると、自己肯定感が培われません。ありのままの自分を、恥じたり、責めたりする傾向が強くなっていくことでしょう。ありのままの自分の意見や感情を抑えたり、隠したりすることが多くなるため、自分らしく生きることができず、対人関係には多大なエネルギーを使ってしまいます。

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また、傷ついた子供は、生命力が弱くなっているため、学校でもいじめの対象になってしまうことが少なくありません。そして、往々にして、いじめは子供たちの間で承認され、多勢に一人という状況に立たされることも珍しくありません。このような経験などがあれば、人間に対する強い不信感が育っていきます。
 誰からも、どこからも助けが来ず、一人で耐え、戦ってきたのです。学校にも家庭にも、安心していられる居場所がなかったのです。愛され、見守られてこなかったのです。繰り返し否定し、傷つけてくるだけの他者を、警戒し、自分を守らねばならなかったのです。
 
 子供のころ、いじめにあうと、養育者から守ってもらえず、非難ばかりされてきたかもしれません。そのため、今も、自分を責めたり恥じたりする癖を持っているかもしれません。自分の性格に、難があるように感じているかもしれません。
 それは違います。逆境の中を、生き抜いてきたのです。人に合わせることで、村八分にされないという方法を、経験から学んできたのです。その生き方の癖は、幼少期に与えられた人生を生き抜いてきた戦略なのです。
 それが苦しくなってきた、うまくいかなくなってきたのなら、次の成長に向けて、別のステージへ移行する時期に来ているのでしょう。
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テーマ: 自分を愛する | ジャンル: 心と身体

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