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他人を思い通りに動かそうとする人

 大人同士の束縛のない関係性の中でも、人を自分の手足のように動かそうとする人がいます。相手の都合など全く考えず、いつでも自分のニーズで、相手に連絡を取ろうとします。
 それほど親しい間柄ではなくとも、何年間も音信不通であっても、用ができた時に、突然の電話で、厄介な頼みごとを持ってきたりします。思い立ったら即行動とばかりに、引き受けてくれそうな心当たりを、次々に当たっているのです。
 自分の欲求のままに、突っ走っているともいえます。連絡した以上、相手が快諾してくれることを期待しています。
 一方、近くにいる人には、矢継ぎ早に命令し、本来自分がする身の回りの雑用さえ、他人にやらせようとします。この人にとって、人と関わることは、相手を思い通りに従えることなのです。
 人に会えば、自分の思う通りに動かしたいと思い、それ以外、どう関わってよいのか解りません。相手のために何かすると、感謝を求めます。第三者に、自分がしてあげたことを、声高に吹聴せずにはいられません。
 相手が意のままにならないと、自分の力不足を感じて、凹んでしまいます。本気で人に共感したり、本当に人の為に何かしようと感じることがありません。人と関わるということは、相手を自分色に染め、同じ考えを教え込み、自分の用のためにいつも控えている存在を得ることだと思っています。

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 相手からすると、引き受けると返事したわけでもないのに、引き受けたことになっていたり、引き受けられない事情を話しても、「やりたくないから嘘の言い訳をしている」としか受け止めてもらえないので、疲弊します。病気だといっても、仮病を使うと吹聴されていることもあるかもしれません。
嫌気がさして離れていった人を、悪しざまに言うのを耳にすると、いやな気分にもなります。
 他人を意のままに動かそうとする人は、その対象を尊重していません。信頼もしていません。内心、批判したり軽蔑したりしながら、ただ便利だからという理由で、猫なで声で相手にすり寄って、うまく使おうとしています。まるで、他の誰かに対する復讐を、目の前にいる人に果たしているみたいです。
 いくら猫なで声を出したところで、隙あらばマウンティングしようとする鷹のような鉤爪に、人は本能的に気づきます。自分が関わっている相手を、信頼できる心にならないと、相手からも信頼されません。いくら自分のすばらしさを声高にアピールしても。
 相手の人にも都合があり、すべての他人は、あなたのために控えている従者ではないのです。王のように君臨することを望む心から、従者の裏切りを怪しむ王者の苦悩がやってくるのです。
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テーマ: メンタルヘルス | ジャンル: 心と身体

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