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サバイバーの回復

 親密な関係性の喪失によって引き起こされた辺縁系の混乱も、時間とともに静まります。その人がいない状態に慣れることによって、救いが訪れるのです。その人が踵を返して戻ってきて、これまでの態度を改め、期待通りに振舞ってくれることではありません。状況は変わらなくとも、それに心を乱されなくなる、その状況をコントロールしようと力まなくなる、それはその状況に対する別な見方が出来るようになったとき、訪れます。
 もう、その人と会えなくなってしまった日曜日、かつては、その人とともにその人の趣味に付き合った日曜日。もうついて来るなといわれ、他の女性が傍らに座り、惨めな敗北者の気分を味わったけれど、振り返ってみると、一方的に彼のニーズに従うことで成り立っていた関係性だったと、今更のように気付きます。

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抑うつのままにうずくまっていた期間が過ぎると、日曜日には何と多くのことが出来ることでしょうか。毎日曜日、これだけの多くの時間を、自分の環境を整えることもそっちのけで、彼のために空けておいたのです。
 恋に落ちることが、自ら進んで同一化したがることだとすれば、恋が終ることは、自分を取り戻すことと言えるかもしれません。
 悲惨な結果に終った関係性からは、学ぶことがたくさんあります。「もう生きてなんかいたくない!」と絶叫した日もあったにせよ、責任転嫁して逃げていくような不誠実な相手のために、命を縮める価値など無いということです。
 男には女が、女には男が寄り添って暮らすのが幸せだと、そしてそれはこの人しか居ないと、強く思いすぎると、相手の期待に沿う自分を演じようとして、どんどん自分らしさから離れてしまいます。相手からの愛情の照り返しを求めて、どんどん献身し続けてしまいます。幸せになろうとするあまり、どんどん不幸に陥っていくようです。
 悲惨な関係性の幕切れは、自分を大切にするとはどういうことなのかを、改めて自分に問いかける機会を与えてくれます。
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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 恋愛依存

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