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許すということ

 元恋人を、あるいは親を、許せないと悶々とすることは、多いものです。私たちは、関係性の距離が近いほど、相手に依存したい、甘えたい心を持っています。ところが、それが満たされないことも多々あります。相手も同様の心をもって、対峙してくるからです。結果、奪われるばかりだった、得たいもの、得られて当然のものが得られなかったという怒りが生まれます。

 親は、幼い子供を保護し、一方的に与える存在と位置づけられますが、それができない未熟な親も少なくありません。家族を利用対象と見なし、利用できない子供を価値のない存在と見なしてしまうこともあります。
 片方の親がそうである場合、両親の関係性は不健康で、子供は暴力の目撃者となったり、自らも顧みられずネグレクト状態に置かれてる可能性は濃厚です。親の身の回りの世話を命じられたり、自分の持ち物を勝手に処分されたり、自他の境界の希薄な親の元では、毎日、怒りが生まれます。

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 縁を切って、もう関わりがなくなっても、怒りは消滅しません。相手との関わりで「損」を被ったまま、その関係性が終わってしまっているからです。
 謝ってくれたら、と期待する人もいるかもしれません。ですが、自らを省み、謝れる器量のある人なら、最初から、あなたを苦しめる態度は取らなかったはずです。

 恋人の、あるいは子供のあなたを、搾取するばかりだった。その人は、そのようにしか生きられない人だったのでしょう。与える心を持たなかった人だったのでしょう。守るものが、自分しかない人だったのでしょう。
 寂しい人です。不幸な人です。与えられることばかりを望んで、与えられることに、自らの価値と幸福を見いだしていたのかもしれません。
 ですが、他者の心は移ろいやすいもの。与えてくれるその人に、いつ去って行かれるかもしれません。依存的な人の心は、見捨てられ不安でいっぱいです。パートナーに恋人がいるのではないかと勘ぐって、妄想による怒りから、暴力に及ぶ人もいます。パートナーへの暴力は、甘えの反映です。
 脳の気質や機能の反映が、その人の生き様ですから、指摘し批判したとしても、人格が変わることは難しいでしょう。指摘し批判するときには、もっと私を大切にして欲しい、私のために変わって欲しい、という切なる想いがあります。求める思いが批判にながり、関係性を逆に悪化させます。
 この人は、こんな風にしか生きられない、と知ること、諦めること、望まないこと、そして自分の出方を決めること、そこに許せる境地が生まれてくるのでしょう。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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