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快感と嗜虐趣味

 神戸の小学校で起きた教員同士によるいじめ、傷害事件。証拠の動画を撮影していたのは、加害者たちでした。なぜ、自分たちの罪の証拠をわざわざ残したのか? 一見、愚かしい所業に思えますが、加害者たちは、自分たちの行為で、被害者が苦痛にさいなまれる様を、繰り返し鑑賞しては快楽をむさぼっていたのでしょう。繰り返し、幾度も、被害者の苦悶の様を見て快感に酔いたいがために撮影していたと思われます。
 10歳の児童が虐待の末死亡した事件でも、加害者である父親は動画を撮影していたと言われています。自分よりも弱い他者を攻撃し、相手の苦痛を見ることは、加害者にとって快楽なのです。

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その行為によって、いつか自分の社会的生命が危機にさらされることなど、微塵も想像していなかったのかもしれません。誰か、偉大な力によって守られている、あるいは、自分には被害者を苛む力があると安易に考えていたのかもしれません。
 ただ、今この時、この場を楽しみたいがために、後先考えず行動に出るといった印象です。そして、すぐに、何らかの報いが返らなければよしとして、繰り返します。ハラスメントは繰り返され、習慣化し、だんだんその内容もひどいものになっていきます。加害者にとって、加害への欲求は性欲に似て、ブレーキがかけがたいものかもしれません。実際、加害の途中に性的に興奮する場合も少なくないようです。

 この快楽というメリットのために、加害者は、その行為に依存します。咎められることがなければ、自らを正当化し、人としての情をなくしていきます。むしろ、危ない橋を渡り、咎められることなく、別の面、仕事などで評価されている自分を誇ります。英雄気取りです。

 いつか、自分の行いが公になり、非難される日も、来ないとは限りません。その時、自分は一転して被害者となります。「これまで後輩を可愛がってきたのに、こんなことを言われるなんてひどい」と悲劇のヒロインを気取ります。羽交い絞めにして、目の中にカレールーを押し込み、失明の危機にさらすことが可愛がることだとは、誰も思わないでしょうが。
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