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恐れすぎる病

 妄想性パーソナリティ障害は、他者が自分に害をなそうとしている、欺こうとしていると、揺るがぬ確信を持っています。
 その根拠のない恐怖心の根底には、自己への無力感があります。何かが起きた時、自分はそれには対処できない、それ故に、そうした事態が起きやしないかと、いつも身構えているのです。
 他者への不信感が強いのは、他者と情緒的にかかわるスキルの乏しさの反映といえます。他者の感情の動きを察することが不得意で、警戒するか、安全だとみなした対象にはとことん依存するかの両極端になります。安全な相手に対しては、思いやりも持たず酷使する、暴力に及ぶ、自分の理解者になることを強いる、といった傾向が顕著です。

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危険だとみなす対象は、特定の利害の絡む個人ではなく、人類全般であることが多いでしょう。蛇やライオンを危険と見なすように、人類を危険な生物と認識しているかのようです。
 蛇を捕獲する人やライオンを飼育する人は、その習性を知ることによって危険を回避しています。自分とは個性の違う他者の理解は難しい場合も多いですが、対人関係は相手を知ることによって付き合い方を考えるほかありません。
 ところが、本能の部位、大脳辺縁系で恐怖が暴走してしまいますと、対象の危険性を無限大に捉えてしまいます。理知的な部位、前頭葉で妥当性を判断することができなくなってしまうのです。
 妄想性パーソナリティ障害は、他者への危険視において、この妥当性の判断を下す機能が作動できなくなっています。聡明な知性はそのままに、恐怖にかかわるブレーキだけが故障しているのです。
 対人関係に難を生じる発達障害が、ベースにあるように思われます。他者の感情が解らないからこそ、他者と対峙した時、何を話していいか解らない、どうコミュニケーションを取っていいか解らないといった状態になります。
 人と接する場は、緊張のあまり楽しいものではなく、何とかしようとして、適度な迎合を越えて異様に媚びる、欺瞞的なコミュニケーションが目立ちます。これは、相手も不快であり、本人も疲れます。このような自分が、周囲に受け入れられるはずもないという認識は、こうした経験の積み重ねの結果、生じたものかもしれません。

 また、人と接するとき、自然体でいることができず、媚びたり取り入ったりという傾向が顕著で、不本意な約束を自分からしてしまうことも多々あります。こうした場合、させられた、取られたという憤りが、内心湧き上がります。なぜ、あげたくもないのにあげるというのか、行きたくもないのに行きますというのか。無理強いされ押し切られたわけでもなく、自分から進んで。この人の欺瞞や不本意性は、相手にはなかなか理解しがたいものです。

 このようなコミュニケーション障害の結果、人との良いかかわりが持てず、人を恐れ、そして、人を愛せない人格が形成されたのかもしれません。この人にとって安全な対象である家族や友人知人は、保護をねだる対象であり、相手のためにできることをしたいというような心理は見当たりません。他のパーソナリティ障害同様に、愛する能力がありません。身近な他者にとって、加害者となる傾向は顕著です。
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カテゴリ: 妄想性人格障害

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