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愛されないとき

 親密な関係が行き詰まったとき、防衛しようとして、さらに傷つけあう行動を取ってしまいがちです。冷めかけた相手を追いかけて、「愛している、あなたが必要なんだ」と訴えて、さらに相手を辟易とさせ、その期待はずれな反応に深手を負い、それ故に相手のそうした態度を責め、帰ってきて欲しいが故の非難で泥仕合を演じ、怒りと憎しみで心を充たします。
 その人が他の異性と寄り添い、親密な会話を交わし、自分はもう、忘れ去られた存在として放置されている、そうした状況下で、いやがうえにも敗北感が芽生えます。
 愛する人の隣に居る人が人生の勝利者で、自分は敗北者だという思いに打ちのめされます。恋する心は、愛しい人の傍らに居る事それ自体を生きる喜びとしています。それが失われたら、生きる気力もなくなってしまいます。

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ですが、もうこれ以上、自分で自分の身体を傷つけたりしてはいけません。もう充分、心はボロボロ、ズタズタなのですから。
 脳の一部分がこの人生は最低だ、もういらないと叫んでいるこの瞬間も、心臓は動き続けています。黙々と仕事をして、自らを生かしてくれている細胞の一つ一つに感謝しましょう。
 友人知人は慰めてくれるでしょう。ですが、どん底の精神状態のときには、なんとも力不足です。思うほどあてにはなりません。傷ついている心は過敏ですから、「他人の不幸は密の味」的な周囲の反応を嗅ぎつけ、さらに傷つく可能性もあります。
 カウンセラーは共感してくれるでしょう。仕事ですから。日々訓練し、多くの事例を担当していますから。
 ですが、誰よりも自分をたいせつにできるのは、自分自身です。
  後になってみれば、その経験が、人間についての多くの知識をもたらしてくれたことに気付きます。精神の成熟は、喪失の悲しみや苦痛を伴う経験を通してしか得られないものかもしれません。
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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 失恋の処方箋

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