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過集中と自己正当化

 関心を抱いた一つの事柄にこだわり、周りが見えなくなるという過集中。どこまでも追求していく姿勢は、分析といった分野に優れた成果をもたらす資質です。ところが、これに、自分の見解、価値観が絶対正しい、または優れており、相手は間違っている、もしくは劣っているといった観念が加わりますと、モラルハラスメントの土壌になります。
 脳は信じたいように信じます。自分の脳が認識している事実と、外界の現象とは、必ずしも一致しません。絶対に誤りのない認識など存在しないのです。自分の認識を絶対視するモラハラは、不確実で誤りやすい人間が、神に成り代わって他者を裁くようなものかもしれません。


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たとえば、出したメールの一行に赤いアンダーラインを引き、「この文章を、わたしはこういう意味に解釈した。だから、キミはこういう考えを持っているはずだ。」と決め付けます。
 予想外の意味に解釈されていることに唖然として、真意を告げたところで、相手は受け入れません。
 「そう思っていないとしたら、それは、自覚していないだけだ。潜在意識ではそう思っているはずだ。」
 相手の意図を相手自身よりも自分の方がよく知っているというわけです。
 「何でそこまで言えるのか」という自分自身への問答は行なわれなくなっています。目の前の相手の当惑顔よりも、最初の憶測への妄信を選んでいるのです。こうなると、もう、自分が期待する答え意外は受け付けなくなります。それを得るために、どんどん相手を論理的に追い詰めます。さながら、取調室の尋問のように。
 相手の非を証明することに、常軌を逸した過集中が起きているのです。
 情動の側頭葉と合理性の前頭葉の断絶ともいえます。
 攻撃を仕掛ける相手に対し、強引に相手の非を証明することに異常な集中を示します。頭は冴え渡り、相手の矛盾点を見逃さず論破し、逃げ道を塞いで問い詰めたり、相手が非を認めるまで、徹底的に制裁を加えようとします。自分が間違っているかもしれないと言う想像力の欠如が起きているのです。
 こうした諍いが親しい間で起きるとき、もう一方の当事者は、
「あなたにとってわたしは何?わたしはあなたが好きだけど、あなたにとってわたしは敵なの?
 ××だけが目当てでわたしと付き合っていたの?」と、激しい怒りと失意に陥ります。
 ただ、単に、自分の推測の正しさを証明したかっただけかもしれませんが、気が付いたとき、相手はもうそこにはいません。

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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体

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