Sponsored Link

妄想と現実

 ミクロな妄想は、相手の心情に対する共感が、相手の心情とずれている場合に生じます。いわゆる「憶測でものを言う」状態です。
 「これは自分の推測であり、本当のところは、相手に聞いてみなければ解らない。」のですが、この相違が修正されない原因は、コミュニケーションの不足といえるでしょう。
 自分の「ものを見る目」への過信や、対象となる人物への否定的な感情があると、コミュニケーションは不足し、妄想が生まれる余地が生じると考えられます。
  話さなければ解らないのです。ですが、話せば解るのかといえば、そうとも限りません。
 その人が所属している社会が、何を常識としているかによっても左右されるのです。
 たとえば、ただひとりの神の手によって、人類は創られたとする一神教の社会の中で、
「神概念は大脳辺縁系が、不安を癒す装置として考え出した産物である。」
等と主張すると、
「目には見えなくても神様が存在していると、これほど言っても解らないなんて、なんて妄想的な人なの!」
といわれてしまいます。

Sponsored Link

大脳の機能を説明した方も、神実存説に固執する相手を、妄想症のようにしか捕らえられないでしょう。
「毎日、何時間も、声を出してお祈りをするのは、尋常じゃない!」と。
 住む世界が違うと、話し合っても分かり合えません。世の中には、理解し得ない人がいるということが、解るだけです。
一神教を信じる人たちには、神の実存は揺るがない『真実』なのです。
 異なる意見は、それがより真実に近い主張だとしても、社会がそれを受けとめなければ、妄想と化してしまいます。
  現代はまた、マスコミが提供する情報が、容易に『真実』を作り上げることが可能な時代です。
 の対象が何であれ、鵜呑みにしない、熱狂しない、過信しない姿勢が求められているといえそうです。
スポンサーサイト
テーマ: 不安定な心 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 妄想性人格障害

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する