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孤独が染みるとき

 失恋してしまった。大好きなあの人が、背中を向けて去っていってしまった。一人ぼっちの部屋の中で、声をあげて泣いてばかり......
 こんなときに、友人知人の誰かから、「参加しない?」と、声をかけられたら、それが、あまり意に染まない集まりでも、出かけていったりします。無理に笑顔を作ったり、はしゃいでみたり。
 傷ついた心が、楽しいことを求めているのです。それで、少しでも悲しみを埋め合わせようとしているのです。
 ですが、価値観の違う人たち、意見の合わない人たちの中にいては、結局楽しめません。元気なときならば、意見の違いは自分の枠を広げるいいストレスになりますが、ただでさえ自己評価が落ちているときには、些細な衝突も悪いストレスになってしまいます。
 「振られるほうにも、それだけの理由がある。」などというごもっともな意見を、素直に受け止められるには、ある程度の時間の経過が必要です。傷がまだ激しく痛んでいるときには、その傷にフォーカスしてくれる人、察してくれる人でなければ有害です。
 ですから、立場や考えの違う人たちとの付き合いや、楽しめないパーティでは、疲れを感じてしまいます。それなのに、なぜ、普段好ましく感じていない人たちの参加する集まりにも、出かけてしまうのでしょうか。

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傷ついて、そんな姿を人に見せたくなくて、扉を閉ざして部屋にこもっている、そんな自分を、自分自身が受け入れていないんでしょうか。このままではだめになってしまう。一生一人ぼっちかもしれない。そんな不安に駆り立てられて、表面上のつながりでも求めてしまうのでしょうか。一人になりたいけれど、ひとりが怖い。そんなアンビバレントな想いに、心は揺れます。
 ひとりを恐れると、「頭数が足りないから参加して」といった人たちに、振り回されてしまったり、不幸そうな人を見つけては意見したがる支配欲の強い人を引き付けてしまうかも知れません。
 次から次へと、さまざまな経験が押し寄せてきたら、その経験がなぜ起きたのか、因果関係をじっくり考える暇がありません。経験から学ぶこともできません。批判されない場所で、ゆっくりとその経験を反芻する時間が必要です。
 それに、孤独もそれほど悪くはありません。それは、本当に自分がしたいことをするための時間です。その意味では、失恋は自分を取り戻す行為だったのかもしれません。その人の歓心を買う為に、多くの時間を使ってきたはずですから。

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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 失恋の処方箋

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