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DV加害者のイエローシグナル

 DV加害者と言われる人は、一見して暴力的と見えるわけではありません。第三者の目に触れない場所で、相手が自分より弱い立場で、反撃される恐れがなく、そして、自分には正当性があるいう判断の元に、相手を殴ります。
 加害者的要素を持った人であっても、自分より優れた女性をパートナーに選び、頭が上がらなかったり、また、何かあれば自分を捨てていってしまうと感じているような場合も、暴力を振るいません。
 ラインを越えて、相手の領域に入り込んでしまった、と加害者が判断したときに、『それ』は起こります。被害者側から見れば、我慢しすぎているとき、耐えすぎているとき、つまり相手との関係性に依存しすぎているときです。相手との関係性をたいせつにするあまりに、自分自身をたいせつにしていないときともいえます。
  心理的であれ、暴力を受け黙っていない類の女性を、モラハラ加害者は好みません。どこかに付け入る隙、つまり、説教できる要素、相手のちょっとした役に立ち、依存させ支配できる要素を持った相手を好みます。しっかりとした自分の意見を持った人は、敬遠しがちといえるでしょう。
 親密になって暴力を振るわれる前に、相手の人となりを見抜いて、相手が手を伸ばしても殴られない距離で、付き合っていかれればいいのですが、最初に殴られたとき、被害者の唇をついて出る言葉は、
「こんな人だとは思わなかった!」
です。

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後になって、「そういえば、あの時....」と、きな臭いイエローランプの点滅に気づくのです。
  DV加害者が、さほど親しくない相手に見せる言動の中にも、注意に値する共通点はいくつかありますが、多くの人は直感のうちに、それを感じ取っているといえるでしょう。相手の人となりは、かなり親しくならないとわかりませんが、将来いい友人になれそうな相手と、危害を及ぼすかもしれない相手は、初対面のうちに、肌で感じ取れることが多いものです。ただ、男女間に限っては、相手の異性としての魅力に幻惑されて、この感が鈍ってしまうことも、ありがちです。
 
 初対面で愛想の良すぎる人、必要以上に親切な人には、注意が必要といえます。職業的スマイルでなければ、その意図は何でしょうか?親切な人、優しい人だとは思い切れない何かに、ざわざわと鳥肌だったら要注意です。
 「なんだか二面性のありそうな人だ。癇癪もちかもしれない。」
いずれ、身をもってその癇癪を味わうことになるかもしれません。
 初対面のその日に、深刻なうち明け話をしたり、自分の子供時代の家庭は不幸だったと言う人は、対人距離のとり方が適切ではありません。こちらが、当たり障りのない共通の話題を持ちかけているときに、いきなりそうした話題を切り出されては、驚いてしまいます。しかも、そこに、親に対しての非難が埋め込まれているような場合には、黄色信号が点滅しています。
 確かに、不健全な精神を持った親を持ち、機能不全家庭に育ってきたのかもしれませんが、すでに独立して何十年も経過しているような場合には、その人自身の今が、順調に機能していないといえます。
 ハイテンションで媚びたり、過去の傷をちらつかせたり、モラハラ加害者には、被害者の一面もあり、手負いの獣のように、人の憐憫を誘うところがあります。つい、同情して手を差し伸べてしまう人も少なくないかもしれません。
 ですが、手を差し伸べるくらいで、ちょうどいいのです。背負って歩くには、重すぎます。

 

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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体

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