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いい人シンドローム

 奉仕や幾ばくかの自己犠牲の精神は、社会では賞賛されることが多いものです。元来世話好きな人、いい人と見られたい人、あるいは献身するのがよいことだといった強迫的な価値観を持った人は、周囲に対して親切に振舞うことが多いかもしれません。
 ですが、自分のことはさておき、まず人のこと、というのはかならずしもよい結果を生みません。まず、自分を犠牲にしているとしたら、自分をたいせつにしていません。そうまでして、人の役に立ちたい理由は何でしょうか?
 相手のためにこんなにも尽くしているという意識があれば、それを周囲に認めてもらいたくなるでしょう。声高に賞賛を求めることになりかねません。
 その功名心、名誉欲には、相手も周囲も敏感です。相手は利用されている、引き立て役にされていると感じるかもしれません。周囲はねぎらってくれるでしょう。ただし、そこにどれほどの真意があるかはわかりません。
 自分の犠牲精神を高く評価して、人のことよりも自分の仕事を優先する人を非難すると、高慢になっていきます。

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他者への援助は、自分自身が充分に自立して、なお余っている力で、他者を支えるのが本来の姿でしょう。無限に水の出る水道を持っていると、渇いた人にいくらでも振舞えます。
 ところが、人は自分の水が不足しているとき、恵まれない状況にあるとき、またなすべき仕事がないとき、より困っている人に目が行き、その人の問題にかまけることで、自分自身の至らなさを忘れようとすることもあります。あるいは、相手がパートナーなど、親密な対象であれば、依存や執着といった要素も入ってきます。
 その行為から、自分は何を得ようとしているのかに着目すれば、一方的な自己犠牲など存在しないことに気付くでしょう。
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テーマ: 不安定な心 | ジャンル: 心と身体

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