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防衛機制-投影

 投影は未熟な防衛機制です。それは、自分自身の受け入れがたい欲望や感情を否認するところから始まります。
 たとえば、人を憎むのはいけないことだというビリーブがあると、自分自身がある人を憎んでいるという感情を受け入れられません。すると、その相手が自分を嫌っているように思えてきます。
 また、異性に対して欲望を持ってはいけないという極端な道徳観を持っていると、その異性が自分に対して、誘惑しているという思い込みを持つ場合もあるでしょう。他者は自分の内面を写す鏡となるのです。
  人間、誰しも特定の相手に対して、憎しみや欲望を抱くのは当然の心理ですが、理想自己が完璧であると、そうした自分の自然な姿を恐れてしまうのです。自分の内面が善ばかりではないと知られると、周囲から非難される、見捨てられてしまう、といった類の恐れかもしれません。

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そのために、ありのままの自分を受け入れ、たいせつにする事ができません。人に好かれるために、いい人といわれるために、他者の役にたたなければならないと考えることもあります。
 たとえば弱者の救済に使命感を燃やしてしまうこともあるかもしれません。そうするのが良いことであり、そうしている自分は有意義な人間だと、受け入れることができるのでしょうか。
 他者の中に、自己の中のやましい部分が投影されているときには、その鏡に向かって敵意を露にし、憎悪を剥き出しにします。こうすることで、自己嫌悪を回避し、悪を憎む正義の味方を気取ることができるのです。
 常軌を逸した激しい非難は、それが他でもないその人の問題であることが多いといえるかもしれません。
 なぜこのような防衛機制が発生するのかと言うと、自分と他人を区別する境界があいまいなのです。たとえば、自分はこのケーキをおいしいと思うが、相手もケーキが好物かどうかは、尋ねてみなければわかりません。
 「このケーキはおいしい。だから、相手もおいしいと感じているはずだ。」これは相手の真実とは異なります。妄想的な人は、自分のものの見方、判断を、相手の真実と決め付けてしまいがちです。
 自分の中の不快な感情も、自分ひとりで背負えず、周囲に押し付けてしまいます。そうすることで、周囲の人間関係を混乱に陥れてしまいますが、少なくとも、自分自身は「善人」のままでいることができるのです。自分はあくまでも善人であり、悪いのはすべて相手であり、相手のせいでこうなったのだという認識から、被害妄想も生まれます。
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テーマ: 境界性人格障害 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 妄想性人格障害

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