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相手を変えようとしないこと

 憧れていたその人と、いざ、付き合い始めると、「思っていたような人とは違う。」という印象を持つことも多いでしょう。恋のイリュージョンは現実によって壊されます。
 自分の理想に合わないばかりでなく、自分の常識が通用しない場面に戸惑うこともあるかもしれません。
 すると、相手の精神年齢が幼く見えてくることもあります。自分の目には逸脱と映るその部分を、注意し、マイルールに従わせたいという欲求に駆られます。つまり、何とかしてこの人を変えることができないだろうかと考えるのです。
 ところが、この試みは、往々にして暗礁に乗り上げてしまいます。「この人を変えよう」、あるいは「この人を成長させてあげよう」という思いを抱くことの問題点は何でしょうか。
 それは、相手の現状、時には変えようとして変えられない人格にまで、否定してしまいかねないところです。

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現在の相手の在りようを否定して、自分が「常識だ」、あるいは「正しい」と思っている価値観を、むりやり相手に押しつけることは支配です。わたしの価値観が、あなたの考えよりも正しい、あるいは優れている、だからあなたはこの価値観に従うべきだというメッセージを、発しています。
 これは相手とフラットな関係性を築く姿勢ではありません。上下関係を築き、自分が上位に位置することを望んでいるのです。
 当然、相手は抵抗するでしょう。相手もまた、自分の価値観ことが勝っていると考え、あなたの人生観を批判してくるかもしれません。
 あなたもこれには怒りを覚え、抵抗します。当然です。あなたには、あなたの価値観があり、それはあなたのこれまでの人生経験を通して練り上げられてきたものです。まるで自己存在そのものを否定されるようなことを言われたら、相手がよほどの世間知らずに思えて、反論したくなるでしょう。
 付き合い始めたころには、往々にして、この支配被支配の攻防戦を演じてしまいます。そして、より相手を求めている方が、たいていの場合劣位に立ちます。相手を獲得するために、自己を抑圧することになるのです。
 相手に同化してしまったわけではないので、首尾よく相手を獲得した暁には、態度を翻して本来の自分を表してしまうのも、よくある話です。
  恋に落ちると、とかく相手との共通点ばかりが目に付きますが、こうした局面に差し掛かると、相手と自分が違うのだということに気付かされます。
 相手がこちらの『常識』を受け入れ、支持し、同化してくれると、なんだか自分が認められたような気分になり、自尊心が強まります。そのため、双方、相手を自分色に染めることによってギャップを埋めようと試みるのです。そして、遠からずそれを諦める日がやってきます。
 私が私であるように、その人はその人なのです。そのギャップが気にならなくなり、むしろ、差異の中に、自分にはないものを発見して、それを喜べるとき、相手との関係性は好転するといえるでしょう。
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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

コメント

emilia さん
こんにちは
コメントありがとうございます。
相手の言動が好ましくないと思っても、改めてもらうのは大変なことが多いかもしれませんね。
それで自分のほうが疲れてしまっては、楽しくないですから、
そんなときにはちょっと離れて、自分は何を求めているんだろうと
考える機会にするものいいかもしれませんね。
バランスが大事なんだと思いますが、これがなかなか難しいんですよね。

2008/10/31 (Fri) 22:49 | 美優 #- | URL | 編集

「自己正当化型ADHDの依存性 」のところでこのタイプは強い依存性があり、共依存になりやすいとありましたが、こういった相手に自分が共依存にまきこまれそうになったらどうしたらよいのでしょう。

相手を変えようとは考えず、常に支配非支配の攻防を繰り返す状態を続けていても、相手は自分を共依存に巻き込むことしか考えられず、その考えを変えようとしてはいけないのなら、自己正当化型ADHDとはつきあってはいけないのでしょうか。

2008/10/26 (Sun) 20:42 | emilia #NJsiWxd2 | URL | 編集

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