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複雑性心的外傷の成り立ち

 人は危険に遭遇すると、「闘争」か「逃走」かの岐路に立たされます。ところが心的外傷は、そのどちらをも選択し得ないところから、発生します。逃走したいけれど、失いたくないものがあるので、立ち去れません。留まることを選択せざるを得ないのですが、さりとて権力を乱用する強靭な相手と、闘争できるわけではありません。忍耐の日々が続くことになります。
 いつかは力尽きて倒れることになりますが、そのときにはもう、どれが致命傷かもわかりません。いずれも、一つ一つは些細な出来事、小さな傷なのです。
  なぶられ続けること、太刀打ちできないこと、これらは被害者の自尊心を傷つけます。自分は、こんなふうに扱われるような存在でしかないのかと........
 加害者の言動に恥辱を感じていますので、心の痛みを傍観者や事情を知らない誰かに話すことなどできません。言葉の上での慰めは得られるかもしれないが、決して心底から共感してもらえるわけじゃない、むしろ、軽んじられる恐れがあると身構えてしまうのです。ですから、助けてといえません。言えずに、痛みを一人背負い込み、その分、怒りが膨れ上がります。

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また、一連の心的外傷体験は、言葉でストーリーだてて説明しづらいものです。その時々の状況は、映像として脳裏に刻印されているだけに、細部までぶれないように言語化するのが難しいといえます。そして、この残像としての記憶は、あまりに鮮烈で、消去しづらく、自動的に再上演されて、そのたびに鮮烈さを増し、同時に怒りも深くなります。
  周囲は被害者の語られぬ痛みには、鈍感なのでしょう。助けがどこからも来ないと、被害者は世界から隔絶されたような、孤立無援感を覚えます。
 同時に、行きずりの誰かから、さりげないやさしさや親切を示されると、この世も捨てたものじゃないと感激を覚えます。過覚醒状態になっていますから、ポジティブな出来事にも、心は大きく反応するのです。恋に落ちやすい時期でもあります。
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テーマ: 壊れそうな心 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 抑うつ

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