Sponsored Link

失恋と許し

 恋しくて、背を向け去っていこうとするその背中を、なりふり構わず追いかけた人なのに、数年の時を経て再会したとき、もう胸のときめきを感じない。その人の何処にも、性的魅力を感じない。その人の話し声の響きに、ああ、こんな話し方をする人だったと、懐かしさを覚えることはあっても.....。

 恋の終わりが理不尽であればあるほど、渇望と自尊心の痛みが、怒りの炎に油を注ぎます。そこにライバルが存在すれば、敵意が容易にその相手に向かうこともあるでしょう。「この人が、私たちの関係に、割って入ってきた。」と。
 そうした怒りや憎しみも、恋愛感情の消失と同時に消え去ります。失恋からの救いとは、その恋を失うことです。もう、その人が、目の前で他の異性と馴れ馴れしくしていても、胸が張り裂けそうになることはありません。辺縁系の痛みが消えたのです。
 すると、大脳新皮質は「これでよかったのだ。」という結論を導き出します。恋は相手の身体的魅力やふとしたしぐさなどに、性的欲求が引き起こされて始まります。相手によって幸福を得たいという依存的感情です。


Sponsored Link

長続きしない恋は、相手のニーズを満たそうとせず、自分の欲求にふさわしい相手に変えようとするお互いのコントロールゲームのうちに、破綻してしまいます。その危機を乗り越えて相手を尊重し、尊重される関係に至らなかった恋ならば、終わって幸いといえます。
 見捨てられて、生きていることを儚んだほどの恋だとしても、一生涯変わらないと思っていた恋愛感情が薄れると、もう相手のつれない態度に傷つくこともなくなります。
 数年後の再会、まだ相手の中に、頑なな拒絶を見ることもあるかもしれません。別れ際の泥仕合で、その人もやはり、自尊心に傷を負っているのです。少々無理難題を押し付けても、ほったらかしにして他の異性と付き合っても、付き従ってくれると思っていたところ、気がついたら、手の中から滑り落ちていたのですから。
 今なお憤りをぶつけられたり、恨み言を言われるかもしれません。ですが、そうした相手の言動に、かつてほど、翻弄されなくなっているはずです。
 「かわいそうな人....」そう感じて、ますます冷めていくかもしれません。相手に必要とされることを必要としなくなったとき、相手の怒りによって切りつけられることはもうありません。離れた場所で、心穏やかに暮らしていかれるのです。すると、恨みという感情は、自分自身しか傷つけないことに気付きます。
 「あなたをもう憎んではいません。それほど消耗する感情を抱き続ける価値を、もうあなたに感じないからです。
 あなたがまだ、私を恨んでいるとすれば、ある時期、それほど私を必要としてくれたからでしょう。そのことには感謝します。ありがとう。」
 終わりのことばは、ありがとうです。
スポンサーサイト
テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 失恋の処方箋

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する