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社会的ひきこもり その心理

 引きこもりの背景は多彩です。中には、これといったひとつの衝撃的な出来事が思い当たるケースもあるでしょうが、それよりも、むしろ、多くは、何年も何年も、音もなく静かに降り積もった小さな粉雪が、ある日雪崩を起こしてしまうという形容がふさわしいかもしれません。
 人は、いきなり、その「社会」とのかかわりを完璧に絶ってしまうわけではありません。自分の部屋や家に閉じこもってしまう以前に、社会的引きこもりがあります。
 一見社交的で、仕事や友達との付き合いもそつなくこなしてはいるけれど、自分の本心や感情を隠して、穏やかな微笑を浮かべている引きこもりです。自分の殻にこもって、他者に心を開いていない状態です。
 翻って言えば、本音を語れない人々の中で、その人は暮らしているといえます。本音と建前をうまく使い分けるのが社交術といわれますから、多くの人が大なり小なり引きこもっているともいえるでしょう。

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周囲と考えが合わず、意見を述べると同意を得られず、反対に無理やり矯正されそうな場合、人は本音を語れません。真意を押し殺して同調するのが無難というものです。自分を出すには、出して安全な環境が必要なのです。


 アヒルの群れの中に紛れ込んでしまった白鳥は、仲間が欲しいし、群れから脱落したくないので、懸命にアヒルらしくしようとしますが、そこには多くの無理が生じます。無理をして懸命の努力をしてはいても、まだアヒルらしくないと、周囲から突かれたりします。アヒルの群れの中の白鳥は辛いのです。
 同調し続けることに、破綻をきたした時、白鳥は本来の翼を広げて、アヒル社会から飛び立ってしまいます。行く手に白鳥の仲間が待ち受けていればいいですが、それに出会うまではひとりです。
 アヒル社会に適応できなかった、自分には適応力がないのではないかと自信をなくしたりもするでしょう。周囲もまたはぐれてしまっている白鳥を見て、「アヒル社会」に適応できない、これは大変だと騒ぐかもしれません。引きこもりはよくないと、連れ出そうとするかもしれません。
 ですが、連れ出そうとする社会がひとつしかなく、そこに適応することを求められると、また社会的ひきこもりに逆戻りということになりかねません。
 どの社会にもそれを円滑にするためのルールがあり、そこに同化することを個人に求めます。そこで人は社会の「常識」を自分の価値観として、それを正しいことだと考えがちです。ですが、自分らしさを抑圧していますので、生きづらさは否めません。
 同化して摩擦をきたさないばかりでなく、時には対決する強さが個人に求められると同時に、人のあり方を正しい間違っているで判断しない、多様性を受け入れる柔軟さが、社会にも求められるといえます。

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