Sponsored Link

被害妄想を理解する

 妄想は、統合失調症、妄想性人格障害などの精神障害に共通して見られます。周囲がそれを理解しがたいのは、その内容が、「自分の皿にだけ毒を盛られている」「部屋の空気に毒を撒かれている」といった、あまりにも荒唐無稽で非現実的な内容であるためでしょう。
 妄想を理解するには、もっと緩やかな、「憶測」や「思い込み」から入っていくと解りやすいのかもしれません。私たちは外界の出来事を、自らの経験知に基づいて理解しようとします。妄想とは、この洞察が外れたまま、修正されていないということです。
 憶測の対象が親しければ親しいほど、コミニュケーションによって、そのずれは修正されていきます。疎遠であればあるほど、修正されません。そして自分の憶測が真実となるのです。事実はひとつでも、真実は人の数だけあるといわれるのは、この、人それぞれの勝手な思い込みがあるからでしょう。
 妄想の背景には、疎遠さが、それが広範囲に及ぶのなら、広範囲の疎遠、つまり孤立や孤独があると考えられます。誰しもいやな相手や状況は避けたいものですが、そうすると真相にたどり着けず、改善する機会も得られないのです。

Sponsored Link

過去に失敗や傷つきがあると、自己防衛に対して敏感になります。被害妄想は守りすぎる病といえます。
  世の中には理不尽な出来事が溢れているといえます。その渦中に巻き込まれ、敗北を味わうと、いやが上にも自らの無力さを痛感し、相手や状況が実像以上に巨大に見えるかもしれません。また痛みの渦中にあると、人は、「それは誰の上にも起こりうる災難だ」という広い視野を持てません。痛みが発する感情に飲まれ、それを与えた相手を怒り、さらに同様の災難が訪れることを恐れます。
  こうした心理構造にあると、外界に対して不信感が強まり、同時に自らの無力さゆえに「守られたい欲求」が強くなります。そのために、内面の不信とは裏腹に、他者に対して卑屈なまでに従順になることもあるでしょう。
 そこで、期待通りの結果が得られないと、ますます冷たい周囲に対して、不信や反感が強まっていきます。
 被害妄想にありがちな「させられた」感覚を払拭するには、「わたしは○○さんの好意を買いたいから、卑屈なまでに○○さんに合わせている。」と自覚することです。戦略として、自発的にそれを選んでいるので、させられているわけではありません。うまくいかなかった場合は、戦略の失敗です。そう考えると、責任は自分の手の中にあり、周囲や状況の被害者ではなくなります。

 被害妄想の中核には、頑ななまでの自己責任の放棄があります。散々な結果を相手や周囲のせいにして、自分は落ち度のない被害者にすれば、とりあえず自尊心は保てるかもしれません。ですが、真の自尊心は自らの未熟さ、至らなさを踏まえたうえで、結果から学んでいく姿勢のうえに生まれるものといえそうです。

スポンサーサイト
テーマ: 統合失調症 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 妄想性人格障害

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する