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宣伝する人

 Aさんのためにこんなことを、Bさんのためにはあんなことをしてあげた、そしてそれがどれほど大変だったかを、声高に宣伝する人がいます。聞かされる方は、内心うんざりしています。「なかなかできることじゃないですね。C子さんはほんととによく気のきく人だから...」といった、称賛の言葉を用意しなければならないのですから。
 称賛の言葉が返らない場合は、「わたしは誤解されやすいタイプだから....」と嘆き、今度は慰めの言葉を求めます。
 自己賛美の好きな人は、まるでワンセットのように他者批判を好みます。「人間というのは本当に罪深いもので」などという表現を好みますが、自分が罪の意識を持つことは断固として拒絶し、常に相手が罪に値するというのが自説です。

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   「AさんやBさんのために」仕事をするときの彼女の表情は、ぶすっとしたふくれっ面です。ぷりぷりして、笑顔一つありません。あんな態度で世話されたのでは、世話される方はいたたまれないなと、見ている第三者は感じます。彼女はその仕事から、収入等の利益を得ているのですが、そこのところの自覚がすっぽり抜け落ちています。ですから、相手からねぎらいやお返しがたっぷり返らないと、「世話される分際で」と相手を非難し、罪悪感に浸ることを求めるのです。世話された人が、肩身の狭い思いを通り越して、針のむしろ状態だったなら、感謝のお返しを求めるのは無理なことです。
 好きではないこと,いやなことはしなくてもいいのです。ただし、そこから得られるはずの利益は、諦めなければなりませんが。
 それを職業としていないならば、そこから何を得ていますか?人の役に立つのが価値のある人間で、そうすることによって人の上位に立てるのだという強迫観念を持ってはいませんか。自分の願望を自覚しない無償の善意は、無償の善意とは言えません。
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