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非難と防衛

 たまたま居合わせた人の何気ない言葉に、わたしたちは「はっ」と気付かされることがあります。「そうだ、その通りだ。わたしもあの人の好意に甘えて、これまで配慮が足りなかった。」 相手はなにも、こちらの事情を知っていて、アドバイスしたわけではありません。ただの何気ない会話が、自分自身の身の上に重なって、気付きを得たのです。
 これを機会に、私たちの考えや態度が、すっかり改まってしまうということが、しばしば起こります。ところが、日ごろから信頼していない、内心批判的な目を向けている相手から、こちらの仕事や性格などに、面と向かって、とやかく批判されるとどうでしょう。そうだ、確かに一理あるとは思えません。誰かが乱暴に土足で心の中に入ってこようとすると、貝のようにぴたっと心を閉ざしてしまいます。その相手を非難せずにはいられません。たとえ、指摘の内容が、上記のケースと同じだとしても。
 わたしたちが必死に守ろうとしているのは、指摘の内容に対する信念ではありません。危機に瀕した自尊心なのです。過ちを指摘してディスカウントしてくる相手から、必死に自尊心を守ろうと身構えるのです。

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 たとえ、誰かの存在が、自分の価値基準から外れているように見えても、相手の考え、行動の背景には、それぞれの人生があり、これまで歩いてきた歴史があります。それが解れば、その人の現在がなぜそうなのかも解るはずです。相手の立場に身を置いて考えると、そこには思いやりが生まれます。誰の人生も皆、日常の微笑みの下には、これまれの歴史と、数多くの傷が刻まれているはずですから。
 
 思いやりのかけらもない非難からは、対立と離反しか生まれません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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