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愛と別れ

 縁あって出会った人とは、いつの日にか別れの時が訪れます。常に流動していく環境の中にあっては、人の心の移ろいやすさにも、おのずと目が行きます。
 ところが、運よくウエディングベルが鳴り、安定した日々が長く続くと、人はその安定に慣れてしまいます。すると相手は、空気のような存在になります。無くてはならない存在だけど、あって当然、ある日突然いなくなることなど考えられないというわけです。
 ですが、いつものように朝元気に出かけて行った人が、いつものように帰ってくる保証などどこにもないのです。平均寿命まで後何十年残っているとしても。
 唐突に訪れる死別という別れは、激しいショック状態をもたらします。その中で渦を巻くのは、後悔とそれに伴う罪悪感です。仕事に追われて一緒に過ごす時間を充分に持てなかった。疲れて、つい八つ当たりしてしまった。もっと気遣ってあげたかった。おいしいものを食べさせてあげたかった。一緒に楽しい経験を積みたかった、等など.........
 罪悪感は自分に向けられた怒りですが、相手の心変わりによる生別の場合は、怒りは相手に向けられます。怒りの背後にあるのは、執着が発する痛みです。傍目にはもう無理と解っているような状況にあっても、取り戻そうと追いすがります。

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結婚を維持するのが善で、離婚は望ましいことではないとする社会の価値観も味方になってくれます。相手を罪に定めて責め、相手がこの決断によって失うものを挙げ連ねて脅しても、我欲は『正しい主張』に隠されて自覚すらできそうもありません。

 当たり前の関係などどこにもないことを、平穏な日常の中で、つい忘れてしまうのです。ありがとうは有難いということば。今日というこの日、今というこの時を、傍にいてくれることに感謝して、共に過ごす瞬間瞬間を大切にすることが、後悔しない秘訣です。
今目の前にいる人は、やがて新しい生き方、新しい相手を見つけ突然去っていくかも知れません。
予期せぬ病気や事故で、唐突にこの世を去ってしまうかも知れません。社会の状況の大きなうねりに、引き離されることにならないとも限らないのです。たとえ永久の愛を誓い、平穏に、昨日と同じ今日を生きていても。
 不思議なことに、人は今日と同じ幸福な明日が来ることを信じれば信じるほど、さらにそれを確かなものにしようとして紐や糸で保険を掛けようとします。逆に、人生で出会う日々は、全て一瞬のきらめきだと思えば、今この瞬間、一瞬一瞬を大切にし、相手をいたわり、そして自分をも大切に出来るようです。
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カテゴリ: 認知と癒し

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