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批判する人

 声高に暴言を吐く人、陰でねちねち批判する人、態度は違っても、根っこの部分は同じです。相手を否定し、自分の都合のよいように、自分の価値観に沿うように、相手を変えようとしているのです。
 これは支配とコントロールです。批判されて喜ぶ人はいません。立場上しぶしぶ従ったとしても、心の中には反発と反感が生まれます。上から目線の指図と批判からは、相手の心を離反させることはあっても、従わせることはできません。人を裁くと、裁き返されるのです。
 ですが、人は批判を口にするとき、相手がそれを受け入れて、態度や思考を改めてくれることを期待しているものです。親しいがゆえに口にしてしまう批判、それは相手に求めすぎている状態と言えます。相手は少なからず、重いと感じてしまいます。
 
 人の心が変化するのは、感情が心地よく動く時です。自分の存在が受け入れられている、陽光のような温かな状況の中では、自らコートを脱ぎます。反対に、「こんなふうに変われ」と北風のようにピューピュー吹き付ける相手には、ますます身構えて頑なになってしまうものです。

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これでは、いくら正論を吐いても、受け入れられません。相手に受け入れてもらうには、まず相手を受け入れることです。その言動や思考が自分のニーズや価値観に添わないとしても、それはただそれだけのこと、自分が正しくて、相手が間違っている、従って相手を自分のニーズに添うよう人格改造しようなどと試みるのではなく、ただこの人はこういう人なのだと受け入れるのです。
 相手はそれを望んでいます。人はなによりも承認されること、自分という存在を受け入れられることを求めています。ですから、悩み事を打ち明けた時、あなたに非があるなどと突き放されると傷つくのです。たとえ非があったとしても、今傷ついている自分の状態を受け入れてほしいからです。
 
 こうしたときには、とかく自分自身に対して厳しくなりがちです。何であんなことをしたんだ、だからこんなことになったんだと、誰よりも手厳しく自分で自分を批判してしまいます。
 批判する人は、他者ばかりでなく自分自身も批判します。かっこ悪い自分を受け入れがたいからかもしれません。
 こんなときこそ、自分で自分を承認することが大切と言えそうです。あんなことをしてしまった、その時の事情を誰よりもよく知っているのは自分ですから。
 誰が声高に文句を言っても、陰口をたたいても、わたしだけはあなたを見はなさない、と自分に言ってあげることです。よく頑張ったね、よく耐えているね、と自分をほめてあげることです。他人は連続ドラマのワンシーンだけを見て、とやかく言っているようなものですから。
 
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カテゴリ: 認知と癒し

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