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愛されたい症候群

 なぜ、あなたは愛する人とのとっておきの夕食のひと時に、その人の些細な言動を取り上げて、文句や不足を言っているのですか?
 その人と、長い人生をずーっと一緒に歩いていきたいから、自分が不安に思うこと、さみしく思うことを、ちゃんと相手に伝えようとしているのですね。もっとぴったり寄り添いたくて、もっと愛してと要求を出しているのですか。ちょっと気まずく沈黙が流れて、せっかくの料理が冷めてしまっても。
 これが最後の晩餐になるかもしれないなんて、考えてもいませんよね。だから、明日のわたしの夕食がより楽しいものにしたいと、願っているんですよね。
 でも、これが最後の食卓になったら、あなたは後悔するでしょう。その人の癖が少々気に入らないからと言って、それが一向に治らないのは私に対する愛が少ないからだと責めたことを。
 もしも、明日が来なかったら、あなたは後悔するでしょう。なぜ、今夜で世界が崩壊しても構わないと思えるほど、今夜の夕食を楽しいものにしなかったのかと。そのために、自分のできることはすべてしようと思わなかったのかと。
 後になって悔いるのは、相手がしてくれなかったことではなく、自分が相手にしてあげられなかったことばかりなのです。

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わたしたちは、常日頃あまり考えることがありません。年老いた人ばかりでなく、若い人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。
 永遠にこの世界に居られるような気がして、そのために、この世界を自分にとって居心地のいいものにするために、明日に備えて、汲々として働いています。相手が今、何を考え、何を感じているかさえ、気遣う余裕もないほどに。
もしも明日が来ないとしたら、あなたは後悔するでしょう。相手に期待し、望むばかりで、自分は何をしてあげられたのだろうかと。
その人は、いつもその人のできる最大のものを与えてくれているのです。ですから、不足を感じ、それ以上を望んでも、応えてはもらえないことが多いのです。今、与えてくれるものに感謝し、自分もまた、無理をせずできる範囲の贈り物をし、相手の満足を喜びとし、そうやって、ともに楽しい食卓を囲みましょう。そうすれば、もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないでしょう。
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カテゴリ: 恋愛依存

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