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触れられたくない傷

 こんなことがあったよと、人に話せるとき、その傷はすでに癒えているのでしょう。その傷がもたらした絶望の中で、ぼろぼろになった心を抱えているとき、誰にも話せません。むしろ、そこから目をそらし、他の楽しげな話題を拾っては、明るく振る舞っているかもしれません。悩みなんて、何一つ無いかのように。
 唇に微笑を浮かべながらも、心の中では、自分がこの世で一番不幸な人間のように感じています。些細な悩み事や愚痴を口にする知人を見ると、その悩みすらうらやましくて、羨望を通り越して怒りすら覚えてしまいます。

 人の、触れられたくない痛みには、気付かないふりをしている方がいいのでしょう。無関心を装うことも思いやりと言えるでしょう。
 絶望のどん底にあるとき、究極の孤独を噛みしめているとき、周りの誰もが幸福に見え、自分だけが孤島に取り残されているかのように感じます。接するたびに、相手の幸福に、自らの寄る辺のなさを対比して、傷ついてしまいます。人の群れから離れて、これ以上傷つくことを防ぎたいと考えるようにもなります。
 誰の人生も保証はないなどという慰めの言葉は、上滑りしてしまいます。

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慰められる人がいるとすれば、それは同じ痛みを知り、耐えている人だけかもしれません。
同じ人生の苦境を渡っている同士です。
 その人が味わったであろう心痛は、容易に察しがつきます。その人が抱えている孤独の深さに、胸が痛みます。
 心の中でそっと呟いています。
私がここに居るよ.....
いつもあなたのことを案じているよ
何かあったら、すぐに駆けつけるよ
あなたを支えてあげたいよ
決してあなたを独りにはしないよ
少しでも楽しい気分になってほしいよ
できることがあったら、何でもやってあげるよ
いつでもこの手をあなたに差し伸べているよ
あなたが大事だから
あなたを幸せにしてあげたいよ
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テーマ: 壊れそうな心 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 抑うつ

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