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孤独を癒すもの

 寄る辺のない独り暮らし。寂寥感を感じます。人を求め、人と会話を交わしたいと思います。ですが、誰かと一緒にいても、心が通いあうことがなければ、満たされません。
 一緒に仕事をしていても、相手に関心がなければ、相手の境遇や秘めている痛みに対して、無頓着です。家族の話題やうまくいっている恋愛の話題、就職や昇進の話題、何気なくかわされている会話に、周りの人々の恵まれた境遇を見て、一層わが身の寄る辺の無さが身に沁みます。
 独りが寂しくて、多くの人々との触れ合いを求めているのに、他人の幸せに傷ついてしまう状況です。周囲の人々は、ただ自分たちの日常から話題を拾っている、それだけのことです。その話題で誰かを傷つけようと意図しているわけではありません。
 ただ、家族や友人関係、パートナーシップ、また仕事などに恵まれている人々は、それだけで、それを持っていない人を傷つけてしまうこともあるのです。それは、どうしようもないことなので、傷ついてしまう人も、誰かを責めるわけではありません。

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ただ、「この世の中で一番不幸なのはこの私」そうした心境にはなります。何か批判めいたことを言われたら、こんなふうに叫びたくなるでしょう。
 「あなたのように、何不自由なく生きてこられた人に、何がわかるというの!絶望の深さも孤独の恐ろしさも、何も知らずにこれからも生きていかれることを約束されているあなたに!!」
 声に出してしまう人も、いるかもしれません。「あなたも私と同じような目に会えばいい!!」
 他人の不幸によってしか、わが身の不運を癒せない、そんなふうに感じてしまうこともあるかもしれません。
 絶望の渦中にいる人を癒せるのは、より大きな絶望に遭遇しながらも、それを越えてきた人だけかもしれません。そうした人の語る言葉だけが、説得力を持つのです。
 同じ絶望の渦中にいる人との出会いでも、勇気づけられます。この人の為に何か、できることをしてあげたい、思わず自分の置かれている過酷な状況を忘れて、そう願うとき、人は孤独の痛みが遠ざかったように感じます。
 周囲から愛と慰めを得たいと願っているときには、人の心はそれが手に入らないのではないかと怖れ、不安に揺らぎます。相手の孤独を癒したいと願うとき、はじめて孤独な心は力を取り戻すのです。その相手が、たとえ傍に居なくとも。
 誰かの存在が心の中にいる。その人に愛されるだろうかと怯えるのではなく、その人を少しでも幸せにしたいと願うとき、たとえ独りでいても、もう孤独ではありません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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