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無気力症候群

 仕事や勉強といった、生き甲斐を生み出す領域に対して目標を喪失してしまい、
無関心に陥る状態です。半ば引きこもりのような状態でも、人の集まりに出るとテンションを上げて、誰彼かまわず、屈託なく接することができるほどの社交性があると、周囲も容易には気付かないかもしれません。

 それでも、長引いてしまうと、人間関係もうまく結べません。人間関係は、たとえ友好的な関係であったとしても、多少のエネルギーを必要とするものです。テンションを上げて、そのエネルギーをねん出しようとすると、疲れを覚えます。
たとえば、自分に対して友好的な人と楽しいひと時を過ごしたいと、自分から約束したにもかかわらず、その後、妙な束縛感を感じたり、日がせまってくるほどに、なんだかおっくうになってきて、ドタキャンしてしまったり、というようなことになるかもしれません。
 こんなとき、実は心がとても疲れていたりします。何に疲れているのでしょう。
仕事?それとも、その相手との関係?いえ、もっと人生全体に、生きていること、それ自体に、なんてこともあるかもしれません。
 心が健全な状態なら、人づきあいの億劫感は、あまり発生しないでしょう。これまで生きていて、様々な経験もして、その時共に過ごした人がすでに去り、この世にあることのはかなさを想うとき、人の心は虚無感にさらわれそうになるのかもしれません。

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一種の燃え尽き症候群のように、生きるエネルギーが枯渇してしまっている状況に陥ってしまっているのでしょう。
 何も希望を見出せず、無気力・無感動・無目的という状態に陥り、人づきあいもその日の気分次第になると、周囲からは不誠実で当てにならないと思われたり、恋人や好意を寄せてくれている相手からは、「自分は必要とされていない、重い存在と思われている」と距離を開けられることになりかねません。
 自ら進んで外界との接触を拒否し、孤独に陥っていく中で、不変を夢見がちになることもありがちです。移ろいやすい人の心や命とかかわるよりも、永遠の愛や命の概念を自らの内側に構築することに、安心を見出すのかもしれません。揺らぎやすい人の心と関わることへの怖れ、自信の無さがそこに見え隠れしているのかもしれません。
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