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葛藤と無気力

 好きな仕事に追われているときは、早朝から夜更けまで働いていても、さほど苦にはなりません。むしろ、その成果に充実感を覚えることでしょう。「自分の土俵」で相撲を取れることは幸せです。
 一方、何らかの理由で「他人の土俵」で働いていると、その環境自体がすでに苦痛です。しなければならない状況に耐えている状態ですから、どうしても「させられている」意識になります。やりがいも生き甲斐も生まれにくい、やればやるほど疲弊していく状態です。
 できれば自分の土俵に居たいものだと思いながらも、そうできない理由は何でしょうか?現在のところ、居場所はここしかないという思いでしょうか。

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 ある日突然失業してしまった。独りになってしまった。これはたいへんだ、早く代わりの場所を見つけなければと焦ります。
 そして、やっと見つかった場所が、周囲の人たちとまるで価値観が合わず、許容範囲も越えて理解すら出来そうもない。それでも、ここしかない、ここより他には何処にも居場所がないと思うと、不本意な仕事にも従事します。もちろん、その仕事に充実感はありません。
 むしろ、周囲の人々の言動の随所に、未熟さを発見しては、内心批判しながらも、さらに自己開示を控えるようになります。すでに、充分不快な状況に居るのですから、これ以上人間関係の疲れなど増やしたくありません。
 自分にふさわしくない環境から去りたいと願いながら、同時に、たった一つしかない土俵を失うことを怖れているのです。こうして、葛藤の中でエネルギーを失っていきます。
 そして、ある日、かつてのように趣味を楽しめなくなっている自分を発見します。何に対しても興味がなく、喜びもありません。ただ疲れ切っている自分がいます。不快な境遇が続けば、人生そのものが虚しく思えるようになってきます。何を見ても、虚しく、何をする気力も起きなくなってきます。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体

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