Sponsored Link

感情の抑圧

 激情のままに憤慨する人は、周囲を困らせ、大人げない印象を与えます。そのために、怒りを出してはいけないと、抑圧することが習慣化している人も多いことでしょう。
 習慣化すると、軽い不快感を感じても、はっきりと自覚できません。ま、いいか。で、やり過ごし、そういう自分の温厚さを美点だと自覚していることも多いものです。 こうして怒りを抑圧することを常としていると、はっきりと自覚できる程度の怒りを感じても、表情には現れなくなっています。良くも悪くも、演技が板についてしまっているのです。
 感情を抑圧する人は、自分の不満や怒りによって、相手の感情を害することを怖れています。自分の感情を害したのは、その相手なのにもかかわらず!!
 口論に発展し、多くのものが崩壊してしまいはしまいかと、潜在的な危惧を抱いているのです。
針金で自分の心をがんじがらめに縛っているようなものですから、必然的に、その対人関係に強い疲労感を感じています。

Sponsored Link

それほどに人に気を使っているのですから、当然、自分から用事を頼むことには慣れていません。逆に雑用を頼まれると、スマートに断れません。ちょっとした雑用を引き受け引き受け引き受け、多忙さに翻弄され、疲労の蓄積と共に怒りも溜まってきます。「なぜ、わたしは誰にも雑用を命じたりしないのに、他人はいとも簡単にわたしを雑用係扱いするのだ」と。
傷ついた自尊心が発する痛みに、涙がこぼれることもあるでしょう。その涙も、人には見咎められまいと隠します。涙を見せることによって、よけいに自分が惨めになると学習しているのです。
 そうして、心が逃げ場を失うと、身体が症状として限界を告げます。免疫力が低下して感染症にり患しやすくなります。動けなくなって、ようやくその危うく緊張に満ちた状況から距離を置くのです。そこで、それがいかに苦しいポジションだったかにも、やっと気付けるのかもしれません。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する