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職場を去りたくなる時

 この仕事は自分に合わない、やめたい。と、思うとき、仕事の内容そのものよりも、人間関係に起因していることが多いものです。
 たとえば、苦手な人がいる。疎外されるような気がして、本音を言えない。軽んじられているような気がする。などなど、心理的緊張を強いられることが多いと、知らず知らずのうちに、疲れがたまってしまいます。
他にも、この会社に役立っていないな。というような無価値感を伴っていることもあるでしょう。自分を、軽んじられても仕方のない存在にしておくのは惨めですから、必死に頑張って、必要な存在になろうとする人も多いでしょう。その結果、オーバーワークで疲れ果て、すべてを投げ出したくなってしまいます。
一方、うまく機能している職場には、独特の雰囲気があります。トップダウンの上下関係ではない、フラットな関係性です。もちろん、当然職場には上司と部下の関係、先輩後輩もあります。だからといって、その権威で、相手を抑え込もうとしない、協調していく雰囲気があるのです。シリアスな場面でも、ジョークを交わしながらこなしていこうというゆとりもあります。多少言いにくいことも、ジョーク交じりなら、受け入れてもらいやすいものです。
 立場は違っても、人間として平等という意識がなければ、人は心を開けません。心地よい職場には、そこに居る一人一人が友人であるかのような雰囲気があります。

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 支配的な上司の元では、そうでない上司よりも部下はいそいそと仕事にいそしむかもしれません。ですが、その胸中は穏やかではありません。場の雰囲気も穏やかではいられません。密やかに反感が募っていくことになります。
 「これこれのことをやってください」と命じて、違う意見が返ってくると、「あの人は方針に合わない」と弾いていけば、どれだけの人をはじくことになるでしょうか。ついには誰もいなくなってしまうかもしれません。
 その集団が健全であるかどうかは、トップの器量によるところが大きいといえるでしょう。まじめな人ほど、目標を遂行しようとして自分や周囲を駆り立て、ぎすぎすした雰囲気を作ってしまいがちです。違う意見は切り捨てられるのでは、人は怖くて話しかけられません。もちろん、意見も言えません。
 人が働きやすい、対等な雰囲気を作ることがたいせつです。これは「配慮してあげている」といった小手先の技術ではありません。そうしたものは、すぐに見抜かれてしまいます。ここに集う一人一人にそれぞれの人生があるのだということを、解っているということでしょうか。共通の目標だけでなく、ひとり一人の存在がちゃんと見えているということです。
 それが見えてこそ、要求だけを突きつける上司にはならず、本物の配慮ができるのでしょう。人は誰しも、それぞれに人生の重荷を背負っています。その重荷を背負って、ここにこうして立っていること、それ自体に価値があるのです。相手の価値を認めるということは、相手の人生の労をねぎらうことかもしれません。それができた時、この人の為に働こうと、部下が思えるような上司になれるのかもしれません。
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カテゴリ: 認知と癒し

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