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所属の獲得と心理的引きこもり

 たった独り、郷里を離れて、知人もいない異郷の地に住む。それだけで、これからどうなるんだろうという、心細さを覚えます。加えて、異文化への戸惑いも大きいものです。
 あまりにも世界観が異なっていると、すんなりと馴染むことはできません。だからといって、他に何処へ行く当てもない。こうした時、追い詰められたような葛藤に陥ります。
 周囲と違う世界観を口にすることができません。疎外されることは、すなわち、居場所を失うことだからです。
 口を閉ざし、周囲の発言に耳を傾け、自分が属した社会がどういう社会なのか、注意深く観察します。そのうえで、受け入れられそうなことばを選ぶのです。人と打ち解け、なごんでいるように見えても、心は閉じています。それだけ、周囲を警戒しているのです。異文化を持ち込もうとしたら、シャットアウトされそうだ、という危機感を持って臨んでいるのです。
 自己開示も自己主張もできない状態ですので、当然内心にはストレスを抱えています。やはり自分にふさわしい居場所ではないと感じ、去ることも考えます。排除されることを最も恐れながら、自ら去ることを考えるという、奇妙な葛藤の中に居るのです。

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 他者と楽に付き合うには、ある程度、自由な自己開示が必要です。これには、周囲は安全な場所であるという、ある程度の信頼感が不可欠です。本音や異なる意見を口にすると、「では、やめてもらいましょう。」となるのでは、怖くて本音を見せられません。
 そこで、かりそめの適応である我慢を続けるわけですが、これにはいつか限界が来ます。「これほどまで我慢して、これほどまで働いて、得られる成果はこれだけなのか?」といった状態に遭遇する時、バーンアウトに陥ってしまうのです。
 このまま、都合のいい雑用係に終始してしまうのではないかという見通しの前では、踵を返し、他の居場所を真剣に探そうとするでしょう。

 すでに築かれたコミュニティの中に、後からひとり入っていくのは、孤独な作業と言えるでしょう。こちらが居合わせる人々に推測や憶測を巡らせているように、周囲からもまた、何かと注目され、値踏みされているわけですから。周囲からどう見られ、どのように判断されているかなど、考えるゆとりすらないかもしれません。
 その渦中にいるときは、苦痛ばかりを感じて、自ら挑んでいる戦いに気付かないものです。人の目を気にする性格傾向なのかと、自分を卑下してしまいがちになるかもしれません。ですが、これは所属を獲得するための戦いの渦中といえるでしょう。
 馴染のない集団に属すると、早々に自分流を披露して周囲を変えようとする人もいます。嵐を呼ぶアプローチです。それに比べ、心理的ひきこもりで同調を示しながら時間をやり過ごすスタイルは、隙間から染み入る水のようです。
もういやだ。やってられない。という状態に達した時、自分が続けてきた成果を見ることになるかもしれません。それは対人関係が次のステージへと移行するターニングポイントかもしれません。その角を曲がると、見通しはもっと明るくなるでしょう。
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