Sponsored Link

FC2ブログ

グリーフワーク 死別と孤独

 人はいずれ、愛する人と別れるときが来ます。いつか遠い将来、そういう時が来るのだと、誰しも、理解しているつもりでいます。
 平均寿命が発表されると、あるいは、肉親の寿命から、自分たちの余命を測ることもあるでしょう。保証された長さではないにもかかわらず。
 別れは、ある日突然、何の前触れもなく襲いかかることもあります。たとえ平均寿命まで何十年残されていようとも。
 覚悟もないままに受け入れなければならない突然の別れは、突風に見舞われた後に、片腕のない自分を発見するようなものでしょう。
 昨日まで居た人がいない、その人が立てていた音がない、しーんと静まりかえった静寂。音のない映像だけの世界に迷い込んでようです。
 この時になって、気付くのです。幸せと不幸せは、対極にあるものではなく、実は葉っぱの裏表のように、分かちがたくくっ付いているものだと。
 たった独りでいることは、この上もない恐怖です。他の誰かと接することによって、紛らわしたいと願います。ですが、癒しをもたらしてくれるような対象が、傍に居るとは限りません。むしろ、いないことが多いでしょう。

Sponsored Link

パートナーや家族のいる友人たちと接することによって、かえって寄る辺のない孤独感を深めることもあります。この世の中で自分だけが不幸、他の人たちは決して、天涯孤独になることはない、たとえパートナーを亡くしたところで、子供たちがいる。たとえ離れて暮らすにしても、家族がいる。
 友人たちがパートナーの話をするたびに、不幸感が募ります。しかし、そうした心の内を覗かせれば、今度は友人まで失いかねませんので、決して話しません。亡くした人の話題には決して触れず、身近な話題で楽しげに振る舞います。実際に、傍に誰かがいる、その時だけは、孤独がまぎれるのです。
 それでも、離れていく友人もいます。置かれている相手の境遇を重いと感じたり、もっとしっかりしなければいけないのにできていないと、内心批判もあるのかもしれません。
 新しい人間関係を構築して孤独を埋めようと必死になると、相手のニーズに奔走したり、不満や傷つくことがあっても我慢したりと、ストレスの多い関係性に陥ることもあります。こんなに苦しいなら、いっそ独りでも構わないというところまで追い込まれないと、相手に対して文句を言えないこともあるかもしれません。
 たいせつな人と暮らした日常から離れて、新しい日常が普通の日々になるまで、心の中のパニックは続きます。ただただ、それを露出させないことだけで精一杯で、周囲のささやかな支えにも気づかない時期と言えます。
 幸せな状況にある人は、不幸な人を慰めることはできません。幸せな人は、自分の幸せで、相手を傷つけるのです。傷ついた人を癒せるのは、より深く傷ついている人だけです。
もしあなたが、ただ生きているだけで精一杯で、何もできずにいるとしても、自分を責めないでください。苦しみや孤独に耐えて、あなたがただそこに居るだけで、励まされる人がきっといます。
スポンサーサイト



カテゴリ: 認知と癒し

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する