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「依存症」のメカニズム

 アルコール、薬物などの物質、買物、ギャンブルなどの過程、恋愛などの関係性、対象が何であれ、それが困った状態にあるにもかかわらず、やめられなくなってしまっている。なぜ、こうした「依存症」状態に陥ってしまうのでしょうか。
 それに陥る前、どういう心理状態だったでしょうか。毎日の生活に、活き活きとした張りがあったでしょうか。意思疎通のできる対人関係に恵まれているでしょうか。将来に夢や希望が持てていたでしょうか。
 これらの欠乏が、根底にあります。生活の不自由はないが、意思疎通のない家族......。分かってもらえる人がいない。慰めてもらえる人がいない。困難な問題に遭遇しても、自分ひとりでそれに対峙しなければならない。でも、自分には、その難問に対処する力が無いと思う。
 このパートナーと決別して、ひとりで生きていく力も無い。新しい仕事を探す勇気もない。このまま、脅迫者の影に押しつぶされてしまう未来像しか描けない。
 現状に喜びは無く、未来に希望も無い。ある対象への恐怖症など、強いストレス下に置かれつづけると、人は、ほんの一時の楽しみに、生きる喜びを見出そうとします。

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 買物をする、ほしい物が、思っていたより安く手にはいる。その瞬間、「ドーパミン神経」が、脳内に快感を発生させます。
ドーパミン神経は“生きる意欲”の枯渇した脳内に、一瞬の快楽をもたらすのです。
 しかし、快楽は、ほしい物が手に入った瞬間に消えてしまいます。したがって、快楽を得る為に、次々に買物をし続けるのです。
 恋愛をすると、買物への執着は少なくなります。それは、依存の対象が、恋愛の相手へと変わったからです。
 恋に落ちたばかりの頃の、天にも昇るような興奮は、幻想からもたらされるものです。その人の腕に受け止められれば、身も心も充たされるという期待。
 その人とのセックスは、とろけるほど素晴らしいに違いない。その人は、いつでも悩みを聞いてくれるに違いない。受け止めてくれ、代わって解決してくれるに違いない。その人の傍にいれば、もう脅迫者の影に脅えることはなく、心を打ち明ける相手のいない虚しさからも解消される。その人の傍にいることだけが、この世での唯一の幸せとまで、思いつめてしまいます。
 そして、現実には、その人の好意を得る為に、自分の欲求を抑え、相手の希望に応え、相手の身の上相談に応じ、奉仕するばかりで何も返らない関係性に甘んじることになります。
 相手には、自分に対する好意など一欠けらもないと解ってはいても、目の前で他の女性と仲むつまじくするする様を見せ付けられても、内心嫉妬に苦しみながらも、相手の心に少しでも近づきたい一心で耐えてしまうのです。


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テーマ: 恋愛依存症? | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 共依存

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