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絶望を生きるとき

  第二次大戦下の過酷なアウシュヴィッツで、最後まで生きのびた人たちには、共通の傾向があったといわれています。それは、屈強な肉体や身体能力ではなく、少ない食料を分け与えるなど、他者を気遣える人びとだったといいます。
 確保した食料は空腹を満たすために、自らが生き延びるために、独り占めしたいところでしょう。他者を思うゆとりなど無くて当然の状況です。それでも、一部の人々は、もっと飢えている人の為に、もっと衰弱している人の為に、分け与えたのです。

 喪失や絶望の渦中にあるとき、人は生きる希望を得たいと願います。藁をもつかむ思いで、願わずにはいられません。手を差し伸べてほしい。その手にすがって、この状況から這い出したいと。
 自らの体験を聞いてくれるだけでいい、と感じない人はいないでしょう。それだけで、苦痛のいくらかは癒されることでしょう。
 ところが、この願いは、なかなか叶えられません。人は、本来、経験したことのない痛みを共感しえないのです。生きてきた背景も現在のスタンスも違えば、理解すらしがたいのです。
 そのうえ、人は誰も、自分の日常を生きることに忙しく、他者の苦痛に寄り添うために、多くの時間を使えません。ほんの少しの支えが欲しいと願えば、甘え過ぎという評価のもとに、距離を置かれかねません。

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 どん底を知った人は、同じ類のどん底を熟知する人です。同じ痛みに寄り添える人です。空腹を知っていればこそ、他者の飢えを気遣えるのでしょう。
 人は絶望を知って初めて、見返りを期待せずに与えられる人になれるのかもしれません。絶望を知って初めて、生きることのはかなさや、限界や弱さも見えてきます。他者の挫折や傷心に対して、同情的な眼差しを向けられるようにもなれるのです。幸福な人の同情心が、社交辞令的で表面的なものにすぎないことにも気づくことでしょう。また、絶望を知ることによって、命が限られたものであることにも気づき、どう生きるべきか、深く思慮を巡らせるようにもなります。
 
 一生涯、この境遇を抜け出せないとしたら、それを嘆き、怒り、いら立ちを周囲に露呈させていたら、常に人間関係の摩擦が生じることでしょう。いくら屈強な肉体を持っているにしても、生傷が絶えず、命が縮みかねません。どん底の環境でも、少しでも幸せになれるとしたら、それは人間関係を良くすることです。
 見返りを当てにしない善意を注ぎ続ければ、いくらかの好意は返ってくるでしょう。受け取るばかりで、何も返してくれない人もいるかもしれません。それでも、できることをした、充分尽くしたという満足感は得られます。気が付けば、いつの間にか連帯感が生まれていることもあるでしょう。
 支えが欲しい時に人を支えるのは難しいことです。自らがすべてを失ったとき、何も持たないとき、それでも他者を思いやれる人こそ、成熟した人といえるでしょう。
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カテゴリ: 認知と癒し

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