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微笑みうつ病

 本当は辛い。苦しい。でも、辛いといえない。微笑みをつくろって、今日も元気な振りを続ける。そうしているうちに、いつしかへとへとになってしまう。人前では明るく振る舞っていても、独りになると、涙が止まらない。幸せになりたい!!と心が叫んでいる。周りに幸せな人ばかりがいるのが、辛くて仕方がないと、心が訴えている。
 微笑みうつ病の笑顔は、硬直した笑顔です。心の中には、不安が巣食っています。本当は、幸せな人の傍には居たくないのです。別段、その人が意地悪なわけではありません。ただ、その人たちの日常の会話、それぞれの穏やかな家庭の平穏な一コマに触れる、それだけで、傷ついてしまうのです。
 わたしには何もない。突然の嵐が、すべてをもぎ取ってしまった。以後、一人ぼっちで生きてきた。これからも.......。そんな不安な人生を、この人たちは一生涯知ることはない。知らなくていいのだ。その圧倒的な格差に傷つかずにはいられません。

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収容所の捕虜生活のように、多くの人々が同じ定めを生きているのならば、絶望の中にも、共感やいたわりが生まれます。食料が乏しくとも、自分はまだ健康だからと、衰弱している人をいたわることもできるでしょう。
 苦難の渦中にあるときは、他者の不幸に慰められるのです。自らの苦境を脇に置いても、その人の力になろうと奔走もします。そうすることが、新たな生きがいとなることもあるでしょう。
 ところが災いに見舞われたのが自分一人で、周囲は家族や充実した生活に恵まれて、何不自由なく暮らしている人たちばかりである時、その幸福が傷ついている孤独な人を、さらに傷つけます。否応なく、他者の幸福を見せつけられるとき、絶望はさらに深くなるのです。
 だからといって、彼らに悪意はないのですから、傷ついたからといって、攻撃することもできません。なかには、八つ当たりする人、「あなたのように幸福な人に、何が解るの!」と本音をぶつける人もいるかもしれませんが、そうした言動が良い結果を生まないと予想していると、ますます心を閉ざす一方です。微笑みという仮面の陰に。
 人中にいるときは、そつなく仕事をこなせるものの、独りになると、好きな趣味も楽しめないほどに、心が疲弊していることも少なくありません。周囲の幸福な人々の、幸福であるが故の底の浅さに、じわじわと浸食されて傷が深まっているのです。
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