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人間関係の本質

 来る日も来る日も来る日も、朝から晩まで独りきりで仕事をして過ごす毎日。それはとても寂しいものです。人は孤立を怖れます。周囲を大勢の人に囲まれていても、理解者に恵まれず、心理的な孤独を感じることも多いものですが、山中や孤島に取り残されたかのような、周囲に人がいない絶対的な孤独には、恐怖を覚えずにはいられません。
 人は、人を求めます。自分を幸せにしてください、楽しい気分にしてください、という欲求を持って、人を求めるのです。他者の温もりは、抑うつを癒す最良の薬です。
 相手もまた、同様に、求める心を持って、近づいてきます。互いに相手を自分の利益のために用いようとするのです。そのバランスが釣り合っているときは、人間関係はうまくいきます。ところが、どちらかが、与えるばかりで、返るものが少ないと感じるとき、その関係性は不安定になっていきます。
 自分にとって、この関係性は不利だと思ったら、他に利益がある他者が現れたら、人の心はすぐに変化してしまうのです。たとえ永遠の愛を誓ったとしても、悲しいかな、人の心に永遠は期待できません。
 自分の心さえ、相手の一挙手一投足によって、日々微妙に変化するのを感じていることでしょう。そうした自分自身の感情さえ、人は思いのままにできないのです。愛さなければいけないと冷静な前頭前野が判断しても、辺縁系の情動は勝手に動いていきます。自分ではどうしようもなく。

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そうした自分自身の不安定さを知っているからでしょうか、人は他者に不変を求めます。安定に安堵を見出したいのでしょう。ですから、相手の心変わりを裏切りのように感じて、悲しみ、怒り、相手を責めます。相手のために尽くしたあれやこれやを数え上げて、犠牲者のように感じるかもしれません。
 多くの人間関係が、恋愛や家族であってさえも、自らの利害の上にあるがゆえに、不安定さを抱えています。それを越える思いがあるとすれば、それは慈悲なる心、独りで生まれ、時の中の旅を続け、やがてまた独りで天に帰っていく定めの悲しさを、相手の人生に見出したときの、もの悲しさや、利害を超えた、相手に向ける優しさなのかもしれません。
 人は皆寂しいもので、人生は悲しいもの。そうした諦念に遭遇した時、かつて激しい憎しみを覚えたあの人の人生もまた、悲しいのかもしれないと思えるかもしれません。
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カテゴリ: 認知と癒し

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