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共依存にならないために

 情緒が不安定な人は、依存できそうな対象を探しあてます。本能的に、拒まれない相手を嗅ぎ分けられるかのようです。そして、鬱憤をぶつけて、相手から慰めを得ようと試みるのです。
 選ばれた人には、当然当事者の問題点が見えています。とはいえ、それを指摘しては、傷つけてしまう。受容と共感、それが大事だと、相手の心境に寄り添おうと試みます。
 ですが、情緒が不安定になっている相手に共感することは、相手を依存させる結果になります。宥めて、相手の気分を落ち着かせて、やっと電話を切ったと思ったら、それから事あるごとに長電話がかかってくるようになり、持て余してしまうという展開になりかねません。
 実は、自分が見えていない人への共感は、危険なのです。共感することは、スポンジのように相手の痛みを吸い取ることです。
 突然の不幸に、必死に悲しみをこらえているような人には、支えや同情が有効でしょう。それに引き換え、情緒不安な人の怒りは、自分が蒔いた種から生じた雑草を、刈り取るのがイヤだと怒っているようなものです。すべてを周囲や相手のせいにしたいという怒りに、同調してはいけません。

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たいせつな人が相手だと、わたしたちは幾度も、同じ過ちを繰り返します。自分の欲求を抑えて、疲れを押してまでも、たいていの人には耐えられないような相手の要求を、受け入れようとするのです。相手に幸せを感じてほしい、その幸せの照り返しを返してほしいと、願いを抱いて。
 その願いに反して、これは情緒不安定な人の不適切な行動を支えたり、強化する結果になります。自分の行動が、相手に負担を与えていることを意識できず、好ましくない結果を招き寄せていると自覚できず、変化しようという動機が起きません。
 また、情緒不安定な人の言動に我慢し続けることが、その人の本当の幸せにつながるわけでもありません。ギブ&ギブ ギブ ギブの関係に、あなたは、いつまで持ちこたえられるでしょうか。いつか、疲れ果てて、もう限界だと呟くことになります。この人が何をしても、許し受け入れようと努力しているうちに、自分を見捨ててしまっていたことに気付くのです。
 相手のスポンジになるのではなく、鏡のように、事実を反芻して相手に見せることが大事です。自分の立ち位置から意見を述べて、それを納得して視点をずらせる客観性があるなら、その人は、問題を乗り越え、成長していかれるでしょう。解ってくれないと逆上するようなら、自分には申し訳ないが役不足なのだと、撤退をしてください。それは愛のある撤退です。
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カテゴリ: 共依存

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