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バタードウーマンにはならない

 困難な状況の渦中にあるとき、人は一つ一つの対応に追われて、意外と全体像が見えません。
 「その男とはやめなさい」と、友人が真顔で忠告するなら、おそらくその意見は正しいのです。第三者は、小さな兆候から、不穏な気配を察知します。
 もちろん、その兆候には当事者も当初から気付いています。ですが、これから始まろうとする交際への期待から、見逃してしまうことが多いのです。度重なる有言不実行や粗末な扱いのたびに、混乱し、翻弄され、誰かに愚痴をこぼしながらも、なかなか相手との決別を決意するには至りません。思いもかけない、許容範囲を逸脱する決定的な裏切りに遭遇するまでは。
 その時になって、やっと気付くのです。この人を幸せにしたいと、懸命に尽くしてきたけれど、この人には、私を幸せにしたいという意思はない、と。

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 人は、どのような境遇にも、徐々に慣れていきます。理不尽で不当な扱いにも、慣らされてしまう危険性があるのです。
 過去に愛され大切に扱われた記憶があると、ネガティブな関係性の元に長くとどまりたいとは思わないでしょう。粗末な扱いに甘んじるのは、かつてありったけの優しさを注いでくれた人、今はもう永久に別れてしまったその人に対しても、申し訳ないことですから。
 健全な家庭環境で育たなかった人、初めての恋の相手が自己中心的で、自分しか愛せない人であった場合、そうした扱いを普通のことのように捉えてしまう可能性もあります。その時は初心に帰りましょう。
 何気ない日常のさりげない会話に幸せを感じる、そうした未来を夢想して、その恋へ踏み出したのではないですか。でも、思い描いていた未来は、この人とは築けない。そうですね。
 ならば寂しくても、一人に戻りましょう。相手の幸せの踏み台になり続け、用済みになってぽいと捨てられるのは、時間と動力、金銭の無駄遣いに他なりません。

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