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不信感

 不信感は、ちょっした我慢の積み重ねによって、膨らんでいきます。相手が約束を守らない、昨日言っていたことと、今日の行動が違っている。相手は、ま、いいか、許されるだろうと、気にも留めずに、自分の都合を優先しているのかもしれません。そうした相手に、誠実に添おうとすることで、自分が与えたことと、与えられることのバランスが、不均衡になっています。付き合うことにかかるコストに対して、受け取るものが少ないと感じると不信が生まれるのです。小さな不満も積もれば、やがて限界に達します。
 相手は、ギブ&テイクを考えていないのかもしれません。お願いして、あなたが与えてくれるから受け取っているだけ。お願いを聞いてくれる人には頼みやすいので、またお願いして受け取る、その繰り返し。
男女間では、こうした傾向が節度を越えて続いていく可能性が強くなります。彼が自らの弱さの中に埋没しているような場合、立ち直ってもらいたくて、懸命に支え続けるといた具合に。

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彼らは、支えてくれる人を待ち望んでいたので、溺れる人が藁を掴むように、常軌を逸したお願い事ばかりが続くかもしれません。初めは、彼のためにできることなら何でもしてあげたいと思っていたあなたも、いずれ、自分が藁でしかなかったことに気付くでしょう。もう疲れてしまって、迷惑だと。
 救世主ではなかった、藁でしかなかったと気付くと、相手は怒り出します。何故?と、こちらが怒りたい心境になることでしょう。救世主のような超能力は使えないけれど、相手のために、懸命にあれやこれや、できる限りの力を尽くしてきたはず。そのために、もうヨレヨレになってしまったのに、何故、感謝の一言もなく、暴言と背信をよこすのか!!あまりにもひどいと、憤りたくもなります。
自分をたいせつにしてくれない相手、支えてくれない相手、それでも失いたくない、失ってしまったら永遠に一人ぼっちだから。そうした、自分にふさわしくない相手への依存が、そこにはあります。
 今の生活、今の人間関係を失う、人生が大きく変わる。それは誰にとっても危機的状況です。人はそれを怖れ、安定感を求めます。たった独りで旅立つとしても、きっとまた旅の途上で新しい道連れに出会えるだろうという、根拠のない楽観がなければ、容易に圧力に屈してしまいます。自分を守り、毅然として相手との間に境界線を引くには、いつ相手と決別しても大丈夫な自分を感じている必要がありそうです。
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